・・・ 小さい銀行員はまた銀行に通い始めた。経験が出来たので、段々上の役に進む。妻を迎える。その家の食堂には、漫遊の記念品が飾ってある。小役人の家の食堂とは思われない。主人チルナウエルは客にこんな事を言う。「わたくしがラホレのマハラジャの宮殿・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それらの通路の中には国道もあり間道もあり、また人々によって通い慣れた道と、そうでないのとがある。それで今甲の影像の次に乙の影像を示された観客はその瞬間においてその観客の通い慣れた甲乙間の通路の心像を電光に照らされるごとく認識するのであろう。・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・「貴女のうちは遠くて、通いがたいへんでしょう」 彼女の幻影をとりとめようとして、三吉がそんなことをいった。いいながら案外平気でいっている自分を淋しく感じている。「ええ、でも田甫道あるいていると、作歌ができまして――」「サクカ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・辻を北に取れば竜泉寺の門前を過ぎて千束稲荷の方へ抜け、また真直に西の方へ行けば、三島神社の石垣について阪本通へ出るので、毎夜吉原通いの人力車がこの道を引きもきらず、提灯を振りながら走り過るのを、『たけくらべ』の作者は「十分間に七十五輌」と数・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・先生の生活はそっと煤煙の巷に棄てられた希臘の彫刻に血が通い出したようなものである。雑鬧の中に己れを動かしていかにも静かである。先生の踏む靴の底には敷石を噛む鋲の響がない。先生は紀元前の半島の人のごとくに、しなやかな革で作ったサンダルを穿いて・・・ 夏目漱石 「ケーベル先生」
・・・ 善吉が吉里のもとに通い初めたのは一年ばかり前、ちょうど平田が来初めたころのことである。吉里はとかく善吉を冷遇し、終宵まったく顔を見せない時が多かッたくらいだッた。それにも構わず善吉は毎晩のように通い詰め通い透して、この十月ごろから別し・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
去年の春、我が慶応義塾を開きしに、有志の輩、四方より集り、数月を出でずして、塾舎百余人の定員すでに満ちて、今年初夏のころよりは、通いに来学せんとする人までも、講堂の狭きゆえをもって断りおれり。よってこのたびはまた、社中申合・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・ゴーリキイが、はじめて、本をよむことを学んだのは、彼が十二三歳になってヴォルガ河通いの蒸汽船の皿洗い小僧になってからだった。同じ船に年配の、もののわかった船員がいて、一つの本をつめた箱をもっていた。彼は少年のゴーリキイと一緒に、自分の読み古・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・秀麿は大学に行くのに、綾小路は画かきになると云って、溜池の洋画研究所へ通い始めた。それから秀麿がまだ文科にいるうちに、綾小路は先へ洋行して、パリイにいた。秀麿がマルセイユから上陸して、ベルリンへ行く途中で、二三日パリイに滞在していた時には、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ しかし、少し顔色の青くなった彼は、まだ剃刀を研いでは屋根裏へ通い続けた。そしてその間も時々家の者らは晩飯の後の話のついでに吉の職業を選び合った。が、話は一向にまとまらなかった。 或日、昼餉を終えると親は顎を撫でながら剃刀を取り出し・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫