・・・僕等より後の人間には、なおさら通じるとは思われません。……」 父と子とはしばらくの間、気まずい沈黙を続けていた。「時代の違いだね。」 少将はやっとつけ加えた。「ええ、まあ、――」 青年はこう云いかけたなり、ちょいと窓の外・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・これは何もそうしなくとも、あの婆自身が神憑りになったらよさそうに思われますが、そう云う夢とも現ともつかない恍惚の境にはいったものは、その間こそ人の知らない世界の消息にも通じるものの、醒めたが最後、その間の事はすっかり忘れてしまいますから、仕・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・しかも世相は私のこれまでの作品の感覚に通じるものがあり、いわば私好みの風景に満ちている。横堀の話はそれを耳かきですくって集めたようなものである。けちくさい話だが、世相そのものがけちくさく、それがまた私の好みでもあろう。 ペンを取ると、何・・・ 織田作之助 「世相」
・・・人情にはむしろこの方が適し、小乗の宗教に通じる。性欲を満したいという意欲と、国君に殉死したいという意欲とに、そのものとしての価値等級を付さないことは人情には無理である。大乗の宗教はしかしそこまで徹しなければならないのであるが、倫理学が宗教な・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・彼女はあらゆる人々を見廻しました。通じる話は何処にもありません。彼女は、唖の娘の言葉が分って呉れた人々の子供の時から見馴れた顔をどんなに懐しく慕わしく思ったでしょう。彼女の物を言わない胸の裡には、只、心を見透おす神ばかりに聞える、無限の啜泣・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・たちと共に、シロオテの携えて来た法衣や貨幣や刀やその他の品物を検査し、また、長崎からシロオテに附き添うて来た通事たちを招き寄せて、たとえばいま、長崎のひとをして陸奥の方言を聞かせたとしても、十に七八は通じるであろう、ましてイタリヤと阿蘭陀と・・・ 太宰治 「地球図」
山好きの友人から上高地行を勧められる度に、自動車が通じるようになったら行くつもりだといって遁げていた。その言質をいよいよ受け出さなければならない時節が到来した。昭和九年九月二十九日の早朝新宿駅中央線プラットフォームへ行って・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・たとえば風の音は衣ずれの音に似通い、ため息の声にも通じる。タイプライターの音は機関銃にも、鉄工場のリベットハマーの音にも類しうる可能性をもっている。これがためにたとえば鵞鳥の声から店の鎧戸の音へ移るような音のオーバーラップは映像のそれよりも・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・かと思うがこれは (Skt.)√has に通じる。一人称単数現在なら hasami だからよく似ている。hsita は笑うべき事で「はしたない」に通じる。「はしゃぐ」が笑い騒ぐ事で、「あさましい」も場合によると「笑ひ事」であるのもおもしろい・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・などと一度も考えたことがないように、こっちが清らかでさえあれば、願いが通じるような気がする――。「ときにな――」 竹くずのなかにうずまって、母親は母親でさっきから考えていたらしく、きせるたばこを一服つけながら、いった。「こないだ・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫