・・・こういう家に通有な、急勾配で踏めばギシギシ音のする階段であった。段を上がった処が六畳くらいの部屋で表の窓は往来に面していた。その背後に三畳くらいの小さな部屋があってそこには蚊帳が吊るして寝床が敷いたままになっていた。裏窓からその蚊帳を通して・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・そういう絵が院展に限らず日本画展覧会には通有である。一体日本画というものが本質的にそういうものなのか。つまり日本画というものはこいう展覧会などに陳列すべきものでないのかとも考えてみる。しかしここにもし光琳でも山楽でも一枚持ってくればやっぱり・・・ 寺田寅彦 「二科展院展急行瞥見記」
・・・ それからまた、もし以上の空想がいくぶん事実に近いということになったとしても、それは歌や俳句の力で人をどうするというわけではなくて、ただ歌をやる人と俳句をやる人とで本来の素質に多少の通有的相違があるということを暗示するに過ぎないであろう・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・という通有の誤解のために、あまり一般には了解されないようである。これも遺憾なことと思われる。こういう試みは、もっともっといろいろの方面に追求されるべきはずのものである。 これとは少し種類は違うが、細胞分裂の機構を説明する一つのモデルとし・・・ 寺田寅彦 「物質群として見た動物群」
・・・今仮りに更に一歩を譲ってこれらの困難を切り抜けられるとして見ても、まだ弾性体に通有な「履歴の影響」という厄介な事が残っている。 履歴の影響とは何ぞや。定まった弾条に定まった重量を吊し、定まった温度その他の同時的条件を一切一様にしても、そ・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・もっともこのようなことは何も連句に限らず他の百般の事がらに通有ないわゆる「転機」の妙用に過ぎないので、われわれ人間の生涯の行路についても似よったことが言われるであろうが、そういう範疇の適切なる一例として見らるるという点に興味があるであろう。・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ その日その日に忘れられて行く市井の事物を傍観して、走馬燈でも見るような興味を催すのは、都会に生れたものの通有する性癖であろう。されば古老の随筆にして行賈の風俗を記載せざるものは稀であるが、その中に就いて、曳尾庵がわが衣の如き、小川顕道・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・摂理なる観念は敢てキリスト教に限らずこれ一般宗教通有のものでありますがその解釈を誤ること我が神学博士のごときもの孰れの宗教に於ても又実に多々あるのであります。今一度博士の所説を繰り返すならば私は筆記して置きましたが、読んで見ます、その中の出・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・見てまわって、書かれた文章が見るにせわしい調子をつたえているばかりでなく、見るべき場所、事柄の社会的自然的事情について作家たちの科学的知識の欠如していることは今日までの戦線ルポルタージュに顕著な一つの通有性となっている。縦に突こんで、現実が・・・ 宮本百合子 「明日の言葉」
・・・を題材とするのは、何と興味ある一つの通有性であろう。『若菜集』の後に出た『一葉舟』で、藤村は「鷲の歌」を抒事詩風にうたっている。ここで藤村は雄渾な自然「削りて高き巖角にしばし身をよす二羽の鷲」の、若鷲の誇高き飛翔を描き「日影にうつる雲さして・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
出典:青空文庫