・・・ 我が日本国にても、政府の官職はただ在職中の等級のみにて、このほかに位階勲章の制を立てず、尊卑はただ政府中、官吏相互の等級にして、かつて政府外に通用せざるものなれば、私の会社中に役員の等級あるが如くにして、他に影響すること少なからんとい・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・或は市中公会等の席にて旧套の門閥流を通用せしめざるは無論なれども、家に帰れば老人の口碑も聞き細君の愚痴も喧しきがために、残夢まさに醒めんとしてまた間眠するの状なきにあらず。これ等の事情をもって考るに、今の成行きにて事変なければ格別なれども、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・こういう複雑な問題は、単にああなったことを、いいとか悪いとかというたような、世間並な批評は通用しないでしょう。夫人がこういう思いつめた最後の手段を取るまでには、どれくらい人知れぬ煩悶を重ねたことでしょう。私はただ人間としてあの方の境遇を非常・・・ 宮本百合子 「行く可き処に行き着いたのです」
・・・ 男が酒をのんで女にからむということは恐らく日本にだけ通用する乱行でしょう、なぜなら中国のブルジョア政治家は日本のよっぱらいをみて、あの人々はなぜ酒をのまないで酒にのまれているだろうと驚いていました。日本の封建性――殿様とだんな様との御・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・しかしこれは最初から事実がらないで、嘘と意識して作って、通用させている。そしてその中に性命がある。価値がある。尊い神話も同じように出来て、通用して来たのだが、あれは最初事実がっただけ違う。君のかく画も、どれ程写生したところで、実物ではない。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・門番を調べてみれば、卯刻過に表小使亀蔵と云うものが、急用のお使だと云って通用門を出たと云うことである。亀蔵は神田久右衛門町代地の仲間口入宿富士屋治三郎が入れた男で、二十歳になる。下請宿は若狭屋亀吉である。表小使亀蔵が部屋を改めて見れば、山本・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ しかし、このようなことは、作品の欠点とはならずに、すべて作者の制作中の意識作用から眺めた作品の見方で通用するものとは私も思っていない。作品批評をする場合には、もちろん、作品が中心であるのだから、こんなことはどうでもよさそうなものである・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ 正確だから狂うのだ、という逆説は、彼にはたしかに通用する近代の見事な美しさをも語っている。「君はきょうは、水交社から来たんですか。憲兵はついて来ていないの。」と梶は栖方に家を出る前訊ねてみた。「きょうは父島から帰ったばかりです・・・ 横光利一 「微笑」
・・・として通用するのである。 目先の変更を必要としないほどに落ちついた大家は、自己の様式の内で何らか「新しい試み」をやる。主として画題選択の斬新であるが、時には珍しい形象の取り合わせ、あるいは人の意表にいづるごとき新しい図取りを試みる。しか・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・石垣の石の積み方も、規格の統一とはおよそ縁のない、また機械的という形容の全然通用しない、従ってそれぞれの大きさ、それぞれの形の石に、それぞれその場所を与えたあの悠長なやり方である。それらはもはや現代には用いられ得ぬものであるかもしれない。し・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫