・・・ このときたちまち、その遠い、寂寥の地平線にあたって、五つの赤いそりが、同じほどにたがいに隔てをおいて行儀ただしく、しかも速やかに、真一文字にかなたを走っていく姿を見ました。 すると、それを見た人々は、だれでも声をあげて驚かぬものは・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・その人の仕事や学説が九十九まで正鵠を得ていて残る一つが誤っているような場合に、その一つの誤りを自認する事は案外速やかでないものである。一方、無批判的な群小は九十九プロセントの偉大に撃たれて一プロの誤りをも一緒に呑み込んでしまうのが通例である・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・事柄の落着を出来るだけ速やかにするにはその方がいいと思ってした事ではあるが、後で考えてみると、これは愚かなそして卑怯な事に相違なかった。そしてこの上もない恥曝しな所行であったが、それだけ私の頭が均衡を失っていたという証拠にはなる。 警官・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・もしも履歴の影響が時とともに速やかに漸進線的に収斂しなかったらどうであろうか。すべての物体は雲煙のごとくまた妖怪変化と類を同じうするだろう。 重量約一匁とか長さ約一寸といえば通例衡り方度り方の粗雑な事を意味する。丁度一匁とかキッチリ一寸・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・この切手を試みに人に送ると、反響のように速やかに、反響のように弱められて返って来る。田舎から出て来た自分の母は「東京の人に物を贈ると、まるで狐を打つように返して来るよ」といって驚いた。これに関する例のP君の説はやはり変わっている。「切手は好・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・この輩はもと文才ある人なれば、翻訳書を読み、ほぼ洋学の味を知りて後に原書を学ぶようにせば、苦学をも忍びて速やかに上達するはずなれども、ひっきょう読むべき翻訳書乏しきゆえにこの弊を生ずるなり。漢学生の罪にあらず。ゆえに方今、我が邦にて人民教育・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ そもそも洋学のよって興りしその始を尋ぬるに、昔、享保の頃、長崎の訳官某等、和蘭通市の便を計り、その国の書を読み習わんことを訴えしが、速やかに允可を賜りぬ。すなわち我が邦の人、横行の文字を読み習うるの始めなり。 その後、宝暦明和の頃・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・拾いし者は速やかに返すべし――町役場に持参するとも、直ちにイモーヴィルのフォルチュネ、ウールフレークに渡すとも勝手なり。ご褒美として二十フランの事。』 人々は卓にかえった。太鼓の鈍い響きと令丁のかすかな声とが遠くでするのを人々は今一度聞・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫