・・・さっそくお君が飛んでくると思っていたのに、速達で返事が来た。裏書きが毛利君となっており、野瀬君でないのに、はっと胸を突かれた。行きたいけれど行けぬ。お前に会わす顔のない母です。恨んでくれるな。腑に落ちかねる手紙だった。手紙と一足違いに意外に・・・ 織田作之助 「雨」
・・・これから中央局へ廻ってこの原稿を速達にして来なくっちゃ、間に合わんのだ」「原稿も原稿だが、式も間に合わないよ」「いや、たのむから、中央局へ廻ってくれ」 到頭中央局へ廻ったが、さて窓口まで来ると、何を想い出したのか、また原稿を取り・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ 編輯者の怒った顔を想像しながら、蒲団のなかにもぐり込んで、眼を閉じた途端、新吉はふと今夜中に書き上げて、大阪の中央郵便局から速達にすれば、間に合うかも知れないと思った。近所の郵便局から午後三時に送っても結局いったん中央局へ廻ってからで・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・ そんなある日、一代の名宛で速達の葉書が来た。看護婦が銭湯へ行った留守中で、寺田が受け取って見ると「明日午前十一時、淀競馬場一等館入口、去年と同じ場所で待っている。来い。」と簡単な走り書きで、差出人の名はなかった。葉書一杯の筆太の字は男・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・私は、かねて山田君から教えられていた先方のお家へ、速達の葉書を発した。ただいま友人、大隅忠太郎君から、結納ならびに華燭の典の次第に就き電報を以て至急の依頼を受けましたが、ただちに貴門を訪れ御相談申上げたく、ついては御都合よろしき日時、ならび・・・ 太宰治 「佳日」
・・・名刺もつくらせ、それからホテルの海野先生へ、ゲンコウタノムの電報、速達、電話、すべて私自身で発して居りました。 ――不愉快なことをしたものだね。 ――厳粛なるべき生活を、茶化して、もてあそびものにしているのが、不愉快なのでしょう。ご・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・英治さんだって、あなたにすぐ来いって速達を出したそうじゃないの。」「それは、いつですか? 僕たちは見ませんでしたよ。」「おや。私たちは、また、その速達を見て、おいでになったものとばかり、――」「そいつあ、まずかったな。行きちがい・・・ 太宰治 「故郷」
・・・ 丸山君は、それからも、私のところへ時々、速達をよこしたり、またご自身迎えに来てくれたりして、おいしいお酒をたくさん飲めるさまざまの場所へ案内した。次第に東京の空襲がはげしくなったが、丸山君の酒席のその招待は変る事なく続き、そうして私は・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・という意味の速達を寄こして、僕も何だか、ハッと眼が覚めたような気持ちになり、急ぎ上京して、そうして今のこの「新現実」という文芸雑誌の、まあ、編輯部次長というような肩書で、それから三年も、まるで半狂乱みたいな戦後のジャアナリズムに、もまれて生・・・ 太宰治 「女類」
・・・家ができ上ると、家主から速達で通知が来ることになっていたのである。ポチは、もちろん、捨ててゆかれることになっていたのである。「連れていったって、いいのに」家内は、やはりポチをあまり問題にしていない。どちらでもいいのである。「だめだ。・・・ 太宰治 「畜犬談」
出典:青空文庫