・・・それは従来の経験によると、たいてい嗅覚の刺戟から聯想を生ずる結果らしい。そのまた嗅覚の刺戟なるものも都会に住んでいる悲しさには悪臭と呼ばれる匂ばかりである。たとえば汽車の煤煙の匂は何人も嗅ぎたいと思うはずはない。けれどもあるお嬢さんの記憶、・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・ その途端に何小二は、どうか云う聯想の関係で、空に燃えている鮮やかな黄いろい炎が眼に見えた。子供の時に彼の家の廚房で、大きな竈の下に燃えているのを見た、鮮やかな黄いろい炎である。「ああ火が燃えている」と思う――その次の瞬間には彼はもうい・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・省作は玉から連想して、おとよさんの事を思い出し、穏やかな顔に、にこりと笑みを動かした。「あるある、一人ある。おとよさんが一人ある」 省作はこうひとり言にいって、竜の髭の玉を三つ四つ手に採った。手のひらに載せてみて、しみじみとその美し・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・音から聯想して白い波、蒼い波を思い浮べると、もう番神堂が目に浮んでくる。去年は今少し後であった。秋の初め、そうだ八月の下旬、浜菊の咲いてる時であった。 お繁さんは東京の某女学校を卒業して、帰った間もなくで、東京なつかしの燃えてる時であっ・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 誰れにでもああだろうと思うと、今さらのようにあの粗い肌が連想され、僕自身の身の毛もよだつと同時に、自分の心がすでに毛深い畜生になっているので、その鋭い鼻がまた別な畜生の尻を嗅いでいたような気がした。 一三 田島・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・この時代が最も椿岳の奇才を発揮して奇名を売った時で、椿岳と浅草とは離れぬ縁の聯想となった。浅草を去ったのは明治十二、三年以後で、それから後は牛島の梵雲庵に梵唄雨声と琵琶と三味線を楽んでいた。九 椿岳の人物――狷介不羈なる半面・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・二葉亭の作だけを読んで人間を知らないものは恐らく世間並の小説家以上には思わないだろうし、また人間だけを知ってその作を読まないものは、二葉亭を小説家であると聞いて必ず馬琴の作のようなものを聯想せずにはいられないだろう。 こうした根本の性格・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・それは、空に輝く、大きな青光りのする星を連想させるのであります。 その翌日でありました。「晩になったら、また、川へいって、牛ぼたるを捕ってこようね。」と、兄弟はいいました。 そのとき、二人の目には、水の清らかな、草の葉先がぬれて・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・ もう一つ、これと連想するものに、児童の問題があります。 長い間、児童等の生活は、その責任と義務を、家庭と学校に委して、社会は、深く立入ることなくして過ぎて来ました。就中、家庭において、支配する者の意志と感情が、直接支配される者・・・ 小川未明 「近頃感じたこと」
・・・とか、どぎつくて物騒で殺風景な聯想を伴うけれども、しかし、耳に聴けば、「だす」よりも「どす」の方が優美であることは、京都へ行った人なら、誰でも気づくに違いない。いや、京都の言葉が大阪の言葉より柔かく上品で、美しいということは、もう日本国中津・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
出典:青空文庫