・・・物質上にも次第に逼迫して来たからであろうが、自暴自棄の気味で夜泊が激しくなった。昔しの緑雨なら冷笑しそうな下等な遊びに盛んに耽ったもので、「こんな遊びをするようでは緑雨も駄目です、近々看板を卸してしまいます、」と下等な遊びを自白して淋しそう・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・とりわけ毎日新聞社は最も逼迫して社員の給料が極めて少かった。妻子を抱えているものは勿論だが、独身者すらも糊口がし兼ねて社長の沼南に増給を哀願すると、「僕だって社からは十五円しか貰わないよ」というのが定った挨拶であった。増給は魯か、ドンナ苦し・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・それは畢竟運動の速度、従ってエネルギーの差から起るものかもしれないが、そればかりでなく、この舞人の挙動自身に何かしらある感情の逼迫を暗示するものがあるのかもしれない。それがどういう感情であるかと問われると私にも分らないが、しかし例えばある神・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・呼吸が逼迫して苦んだ。彼の母はそれを見兼ねて枳の実を拾って来て其塞った鼻の孔へ押し込んでは僅かに呼吸の途をつけてやった。それは霜が木の葉を蹴落す冬のことであった。枳の木は竹藪の中に在った。黄ばんだ葉が蒼い冴えた空から力なさ相に竹の梢をたよっ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・人民生活のごまかしようのない逼迫は、あらゆる女性の問題を、むき出しに社会問題として、半封建の特権者によって行われているファシズムへの傾きをもつきょうの政治の破綻としてわたしたちの毎日にほこさきを出しているのである。女性の風俗、モードの問題ひ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・一家の中の細々としたさまざまの用事は食糧事情の逼迫している今日、女を家庭の内部で寸暇あらせないと共に、家庭の外へも忙しく動かせる。どんな婦人でも、今の乗物には身軽こそがのぞましい。由紀子という人が、二人の子供を前とうしろにかかえて外出したと・・・ 宮本百合子 「石を投ぐるもの」
・・・文化、文学を発展させる自主的な精神力の喪失、経済事情の今日の小市民層らしい逼迫などが、微妙にからみあっているのである。小説を書く人より、小説に書かれる人の心の動きとも見えるではないか。 漱石やその後のある時期まで、作家の社会性の弱さは、・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
・・・ 作家の経済生活は、一般に益々逼迫して来つつあるし、これから先まだまだそれが切りつまって来ることは明瞭であろう。今日新聞小説を書いてそれからの収入にしたがって生活をひろげている作家たちは、それを切りちぢめることに当然さを感じるより、やは・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・今日、食糧事情はそこまで逼迫しているという人もあろうが、難破して漂流している孤舟の中に生じた事件と仮定してさえも、私ども正常の人間性はその残酷さを許し得ないのである。ましてやこの事件は、単純きわまる残忍さが徹底している点で言語道断な特殊な一・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・という表現の心理を辿れば、刻下の逼迫は人民がみんな自分たちで何とかやりくって行かなければならないのではないか、という公憤に立っているとも見られるのである。この一事をみても、私たちは、全く自然で正しい政治というものの理解の、つい扉の外にまで迫・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
出典:青空文庫