・・・ 曾て、市街公園の名称にて、新聞に報ぜられたと記憶するが、なんでも、ある一定の時間内だけ、その区域間の自動車、自転車の通行を禁じて、全く、児童等のために解放して、小さき者達の遊園とする、計画であったと思う。あの話は、その後何うなったので・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・向ヶ丘遊園地で見た母猿の如きはその目や、眉や、頬のあたりに柔和な、精神性のひらめきさえ漂うているような気がした。 母親の抱擁、頬ずり、キッス、頭髪の愛撫、まれには軽ろい打擲さえも、母性愛を現実化する表現として、いつまでも保存さるべきもの・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ 私たちは松の老木が枝を蔓らせている遊園地を、そこここ捜してあるいた。そしてついに大きな家の一つの門をくぐって入っていった。昔しからの古い格を崩さないというような矜りをもっているらしい、もの堅いその家の二階の一室へ、私たちはやがて案内さ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・わたくしは近年東京市の内外に某処の新公園、または遊園地の開かれたことを聞いているが、わざわざ杖を曳く心にはならない。それよりは矢張見馴れた菊塢が庭を歩いて、茫然として病樹荒草に対していた方が、まだしも不快なる感を起すまいと思うのである。・・・ 永井荷風 「百花園」
・・・(ああ畑も入ります入ります。遊園地なんて誰だったかな、云っていた、あてにならない。こんな畑を云うんだろう。おれのはもっとずっと上流の北上川から遠くの東の山地まで見はらせるようにあの小桜山の下の新らしく墾いた広い畑を云ったんだ。「全体・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・終点が何で、夏は有名な遊園地であった。或る信託会社と、専門家の間ではネゲティブな意味で名を知られているその電気会社とが共同で計画して開いた住宅地が××町であった。自然の起伏を利用した規則正しい区画、東と西の大通りを縁どる並木、自動車路など、・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・しかし、彼等が必死の努力で日々を過した五年、その五年をゴーリキイはイタリーにいたということは、イタリーという土地が伝統的にわれわれの心に反映させる一種の遊園地めいた先入感の関係もあって、何だかゴーリキイに対して、うちのものではあるが久しく会・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
出典:青空文庫