・・・なぜなら、自然のみが、どこに行っても、莞爾として、遊子を懐にいれて欺かないからだ。しかし、変らないというばかりでは、このことは説明されない。一脈故郷の空や、原野と、ながめの相通ずるものがあるがためである。 初期のロマンチストを目して、笑・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・成島柳北が仮名交りの文体をそのままに模倣したり剽窃したりした間々に漢詩の七言絶句を挿み、自叙体の主人公をば遊子とか小史とか名付けて、薄倖多病の才人が都門の栄華を外にして海辺の茅屋に松風を聴くという仮設的哀愁の生活をば、いかにも稚気を帯びた調・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・花の上月の下、潺湲の流れに和して秋の楽匠が技を尽くし巧みを極めたる神秘の声はひびく。遊子茫然としてこの境にたたずむ時胸には無量の悲哀がある。この堪え難き悲哀は何をか悲しみ何をか哀れむ。虫の音は、花の色は、すべての宇宙の美は、虚無でない、虚無・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫