・・・ 人生 ――石黒定一君に―― もし游泳を学ばないものに泳げと命ずるものがあれば、何人も無理だと思うであろう。もし又ランニングを学ばないものに駈けろと命ずるものがあれば、やはり理不尽だと思わざるを得まい。しかし我・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ それは半ば砂に埋まった遊泳靴の片っぽだった。そこには又海艸の中に大きい海綿もころがっていた。しかしその火も消えてしまうと、あたりは前よりも暗くなってしまった。「昼間ほどの獲物はなかった訣だね。」「獲物? ああ、あの札か? あん・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・それを時おり池へ連れて来ては遊泳の練習をさせている。もう少し大きくなったら放養するのだという。みずすましとちがってあひるの成長はなかなか骨が折れるのである。 うちの子供らがあひるを慣らしているのを見て、今まではいっこうにあひるに対する興・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・それが、そう思って見ると、あの先刻見て来た熱帯魚の群れの遊泳するさまとかなりまで共通なところがあるように思われたのであった。 五 熱帯魚 喫茶店の二階で友人と二人で話していた。椰子やゴムの木の鉢と入り乱れて並んだ白い・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 官海遊泳術というものについてその道に詳しい人の話だというのを伝聞したことがある。それによると学校を卒業して役所へはいって属僚になってもあまり一生懸命にまじめに仕事をするとかえっていけない、そうかと言ってなまけても無論いけないのだそうで・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ 一通遊泳術の免許を取ってしまった後は全く教師の監督を離れるので、朝早く自分たちは蘆のかげなる稽古場に衣服を脱ぎ捨て肌襦袢のような短い水着一枚になって大川筋をば汐の流に任して上流は向島下流は佃のあたりまで泳いで行き、疲れると石垣の上に這・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・との家庭的交渉は逆に男の人が自分の「遊泳」の余地を残しておく賢い方法で大したことはありませんね。いずれにしろ、真面目に今日恋愛と結婚を考える人は、その気持を相手の人にだけ寄せかけないで、自分の気持を自分でもって行くばかりでなく、相手の人の気・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・「われわれの規律は、ただあの非無産階級的な、革命を妨害するものどもを束縛するだけで、それはちょうど游泳術が游泳する人にたいして、ただ彼が溺死しないように束縛するだけであるのと同じ」である、と。 最後に、ジダーノフの報告のうちに、警告とし・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・餌をまかれてそれに支配されて来た男たちの游泳術を、それなりに追随したものわかりよさを、女も社会に出るにつけて身につけてゆくというばかりでは、あまり悲しくはないだろうか。男の世界では同じ餌にしろ大きく、游泳のゴールも華々しいということがあるが・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
・・・婦人水着の新型がニューボンド通に現れるより遅くも早くもない時に游泳祝祭を。そして、貧しき母の為の産院寄附金募集には上流貴婦人連が各自家重代の銀器を持ち出して華々しい展覧会を開催するというグロテスクな皮肉に亢奮させられてはいけない。英国人は「・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫