・・・ いずれにしても、僕の耽溺した状態から遊離した心が理屈を捏ねるに過ぎないのであって、僕自身の現在の窮境と神経過敏とは、生命のある限り、どこまでもつき纏って来るかのように痛ましく思われた。 筆を改めた二日目に原稿を書き終って、これを某・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・それがときどき演奏者の意志からも鳴り響いている音楽からも遊離して動いているように感じられた。そうかと思うと私の耳は不意に音楽を離れて、息を凝らして聴き入っている会場の空気に触れたりした。よくあることではじめは気にならなかったが、プログラムが・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・少なくともそこにはかわいた、煩鎖な概念的理窟や、腐儒的御用的講話や、すべて生の緑野から遊離した死骸のようなものはない。しかし文芸はその約束として個々の体験と事象との具象的描写を事とせねばならぬ故、人生全体としての指導原理の探究を目ざすことは・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・それらの主義が発明された当初の真実を失い、まるで、この世界の新現実と遊離して空転しているようにしか思われないのである。 新現実。 まったく新しい現実。ああ、これをもっともっと高く強く言いたい! そこから逃げ出してはだめである。ご・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・赤熱した岩片が落下して表面は急激に冷えるが内部は急には冷えない、それが徐々に冷える間は、岩質中に含まれたガス体が外部の圧力の減った結果として次第に泡沫となって遊離して来る、従って内部が次第に海綿状に粗鬆になると同時に膨張して外側の固結した皮・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・個人生活と階級人としての連帯的活動とが二元的な互に遊離したものとして承認され、階級的な活動の邪魔にさえならなければ、個人的な生活の面では何をしようとそれはその人の勝手であるという考えかたがあったらしい。このことを、当時性関係の面で論議をかも・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・そのことはまた、大衆の生活と全く遊離してしまっている「文士」の生活、「文学」の内容などにいつもあきたりないでいる大衆が、もっと生活に密着した文学を、と求める声に応じてその要求をとりあげるよりヒューマニスティックな文学論のようにさえうけとられ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・勤労階級と、文学が遊離してきた原因も、この事情の他の一面のあらわれであった。古風なものの考えかたでは、頭脳の労作と筋肉的労作との間に、人間品位の差があるようにあつかわれた。社会のための活動の、それぞれちがった部門・専門、持ち場というふうには・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・官製の報道員という風な立場における作家が、窮極においては悲惨な大衆である兵士や、その家族の苛烈な運命とは遊離した存在であり、欺瞞の装飾にすぎないことが漠然とながら迫ってきたからであろう。 このことは各人各様に、さまざまの具体的な感銘を通・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・て、互の書く作品だけを、互の程度の低い標準で批評し合っていい気持になっていたり、機械に向って働き、社会主義社会建設につとめる俺達を妙な作家気どりで、客観して描写したり――気分の上で文学研究会は実生活と遊離する危険にさらされていたのだ。 ・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
出典:青空文庫