・・・』などと云って、いよいよ結婚と云う所までは中々話が運びません。それが側で見ていても、余り歯痒い気がするので、時には私も横合いから、『それは何でも君のように、隅から隅まで自分の心もちを点検してかかると云う事になると、行住坐臥さえ容易には出来は・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・自分は早速Sさんに入院の運びを願うことにした。「じゃU病院にしましょう。近いだけでも便利ですから」Sさんはすすめられた茶も飲まずに、U病院へ電話をかけに行った。自分はその間に妻を呼び、伯母にも病院へ行って貰うことにした。 その日は客に会・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・彼は座敷に荷物を運び入れる手伝いをした後、父の前に座を取って、そのしぐさに対して不安を感じた。今夜は就寝がきわめて晩くなるなと思った。 二人が風呂から上がると内儀さんが食膳を運んで、監督は相伴なしで話し相手をするために部屋の入口にかしこ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・三の烏 あれほどのものを、持運びから、始末まで、俺たちが、この黒い翼で人間の目から蔽うて手伝うとは悟り得ず、薄の中に隠したつもりの、彼奴等の甘さが堪らん。が、俺たちの為す処は、退いて見ると、如法これ下女下男の所為だ。天が下に何と烏ともあ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・表三の面上段に、絵入りの続きもののあるのを、ぼんやりと彳んで見ると、さきの運びは分らないが、ちょうど思合った若い男女が、山に茸狩をする場面である。私は一目見て顔がほてり、胸が躍った。――題も忘れた、いまは朧気であるから何も言うまい。……その・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・五ツになるのと七ツになる幼きものどもが、わがままもいわず、泣きもせず、おぼつかない素足を運びつつ泣くような雨の中をともかくも長い長い高架の橋を渡ったあわれさ、両親の目には忘れる事のできない印象を残した。 もう家族に心配はいらない。これか・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
一 隣の家から嫁の荷物が運び返されて三日目だ。省作は養子にいった家を出てのっそり戻ってきた。婚礼をしてまだ三月と十日ばかりにしかならない。省作も何となし気が咎めてか、浮かない顔をして、わが家の門をくぐった・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ユグノー党の人はいたるところに自由と熱信と勤勉とを運びました。英国においてはエリザベス女王のもとにその今や世界に冠たる製造業を起しました。その他、オランダにおいて、ドイツにおいて、多くの有利的事業は彼らによって起されました。旧き宗教を維持せ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・そして、バイオリンは他のがらくたといっしょに車につけて、どこへか運び去られました。 車が、でこぼこの道をゆきますと轍がおどって、そのたびにバイオリンは車の上から悲しいうなり音をたてたのであります。 松蔵は、目に、いっぱいの涙をためて・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・そして、ガラガラと引いて運び去りました。 帰る道筋、おじいさんは、うつ向きかげんに歩いて、考えていました。「あの店も、はやらないとみえて、店を閉めるのだな。しかし、生き物を、こんなに、ぞんざいにするようでは、なに商売だって、栄えない・・・ 小川未明 「おじいさんが捨てたら」
出典:青空文庫