・・・この饑餓陣営の中に於きましては最早私共の運命は定まってあります。戦争の為にでなく飢餓の為に全滅するばかりであります。かの巨大なるバナナン軍団のただ十六人の生存者われわれもまた死ぬばかりであります。この際私が将軍の勲章とエボレットとを盗みこれ・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・又、他人の恋愛問題と自分のそれとは全然個々独立したもので、それぞれ違った価値と内容運命とを持っている筈のものです。恋愛とさえ云えば、十が十純粋な麗わしい花であるとも思えません。 私は、恋愛生活と云うものを余り誇張してとり扱うのは嫌いです・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・凡そ此等の人々は、皆多少今の文壇の創建に先だって、生埋の運命に迫られたものだ。それは丁度雑りものの賤金属たる鴎外が鋳潰されたと同じ時であった。さて今の文壇になってからは、宙外の如き抱月の如き鏡花の如き、予はただその作のある段に多少の才思があ・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・われわれは個である以上、此の二つの唯心、唯物のいずれか一つをその認識力に従って、撰ばねばならぬ運命を持っている。 そこでわれわれは、唯心論を撰ぶべきか、唯物論を撰ぶべきかと云うことによって、われわれの世界の見方も変って来る。・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・その苦痛が、そう云う運命にあの男を陥いれたのであろう。そこでこうして、この別荘の冬の王になっている。しかし毎年春が来て、あの男の頭上の冠を奪うと、あの男は浅葱の前掛をして、人の靴を磨くのである。夏の生活は短い。明るい色の衣裳や、麦藁帽子や、・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・しかし悲しいながらも自分の運命と和睦している、不平のない声で云った。 フィンクは驚き呆れた風で、間を悪げに黙った。そして暗い所を透かして見たが、なんにも見えなかった。空気はむっとするようで、濃くなっているような心持がする。誰がなんの夢を・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・しかもそれが、その運命に対しては無限の責任と恐ろしさとを感じている自分の子供なのです。不断に涙をもって接吻しつづけても愛したりない自分の子供なのです。極度に敬虔なるべき者に対して私は極度に軽率にふるまいました。羞ずかしいどころではありません・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫