・・・観聞志もし過ちたらんには不都合なり、王勃が謂う所などはどうでもよし、心すべき事ならずや。 近頃心して人に問う、甲冑堂の花あやめ、あわれに、今も咲けるとぞ。 唐土の昔、咸寧の吏、韓伯が子某と、王蘊が子某と、劉耽が子某と、いずれ華冑の公・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 娘は手を合わせて、けっして悪い気でしたのではないから、許してくださいと泣いてわびましたけれど、もとより、これを機会に娘を追い出してしまう考えでありましたから、母親はなんといっても娘の過ちを許しませんでした。弟の三郎は、姉がかわいそうに・・・ 小川未明 「めくら星」
・・・ 信仰を求める誠さえ失わないならば、どんなに足を踏みすべらし、過ちを犯し、失意に陥り、貧苦と罪穢とに沈淪しようとも、必ず仏のみ舟の中での出来ごとであって、それらはみな不滅の生命――涅槃に達する真信打発の機縁となり得るのである。その他のも・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・子供が成長して後、その身を過ち盗賊となれば世に害を貽す。子供が将来何者になるかは未知の事に属する。これを憂慮すれば子供はつくらぬに若くはない。 わたくしは既に中年のころから子供のない事を一生涯の幸福と信じていたが、老後に及んでますますこ・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・少しの過ちがあっても許さない、すぐ命に関係してくる。そうでしょう、昔の人は何ぞと云うと腹を切って申訳をしたのは諸君も御承知である。今では容易に腹を切りません。これは腹を切らないですむからして切らないので、昔だって切りたい腹ではけっしてなかっ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・もしまた誤って柱に行き当り額に瘤を出して泣き出すことあれば、これを叱らずしてかえって過ちを柱に帰し、柱を打ち叩きて子供を慰むることあり。さてこの二つの場合において、子供の方にてはいずれも自身の誤りなれば頓と区別はなきことなれども、一には叱ら・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・なく、ややもすれば意の如くならざるは、原因のある所、一にして足らずといえども、我が男子が徳義上に軽侮を蒙るの一事は、その原因中の大箇条なるが故に、いやしくもこれに心付きたる者は、片時も猶予せずしてその過ちを改めざるべからず。今の世界に居て人・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・女の昔ながらの傷心が物を云っているところにある。女の過ちの実に多くが、感情の飢餓から生じている。その点にふれて見れば、女の悲しみに国境なしとさえいえる有様である。 近頃、『新青年』『婦人画報』その他沢山の雑誌が、男のエティケットにつ・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・この同じ作家が戦争が終結した時にどういうことをいったかといえば、日本がまた再び過ちを犯すならば自分も犯すだろうとはっきりいっています。その石川さんが世界平和のために、人類の平和と文化のための機関であるユネスコの役員になっていられます。そうい・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
・・・それでその恩に報いなくてはならぬ、その過ちを償わなくてはならぬと思い込んでいた長十郎は、忠利の病気が重ってからは、その報謝と賠償との道は殉死のほかないとかたく信ずるようになった。しかし細かにこの男の心中に立ち入ってみると、自分の発意で殉死し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫