・・・「過日もさる物識りから承りましたが、唐土の何とやら申す侍は、炭を呑んで唖になってまでも、主人の仇をつけ狙ったそうでございますな。しかし、それは内蔵助殿のように、心にもない放埓をつくされるよりは、まだまだ苦しくない方ではございますまいか。・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・一行は穂高山と槍ヶ岳との間に途を失い、かつ過日の暴風雨に天幕糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。然るにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっていた渓谷に現れ、あたかも案内をするように、先へ立って歩き出した。一行はこの犬の後に従い、・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ 七 婆さんは過日己が茶店にこの紳士の休んだ折、不意にお米が来合せたことばかりを知っているが――知らずやその時、同一赤羽の停車場に、沢井の一行が卓子を輪に囲んだのを、遠く離れ、帽子を目深に、外套の襟を立てて、件の・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 僕が出発した翌日の晩、青木が井筒屋の二階へあがって、吉弥に、過日与えた小判の取り返し談判をした。「男が一旦やろうと言ったもんだ!」「わけなくやったのではない!」「さんざん人をおもちゃにしゃアがって――貰った物ア返しゃアしな・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 書中のおもむきは、過日絮談の折にお話したごとく某々氏等と瓢酒野蔬で春郊漫歩の半日を楽もうと好晴の日に出掛ける、貴居はすでに都外故その節お尋ねしてご誘引する、ご同行あるならかの物二三枚をお忘れないように、呵々、というまでであった。 ・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・今ちょいと外面へ汝が立って出て行った背影をふと見りゃあ、暴れた生活をしているたア誰が眼にも見えてた繻子の帯、燧寸の箱のようなこんな家に居るにゃあ似合わねえが過日まで贅をやってた名残を見せて、今の今まで締めてたのが無くなっている背つきの淋しさ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
過日、わたしはもののはじに、ことしの夏のことを書き添えるつもりで、思わずいろいろなことを書き、親戚から送って貰った桃の葉で僅かに汗疹を凌いだこと、遅くまで戸も閉められない眠りがたい夜の多かったこと、覚えて置こうと思うことも・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・このことは過日の非日委員会法に反対して、いわゆる政治的でない二十七名の教授連が声明書を出したことでもはっきり示されています。その人たちは、市民的自由、学問と言論と思想の自由をファシズムから守るためにはあえて支配権力の政治に対抗する政治力を発・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・自由党、進歩党の首領たちは、過日「婦人に得票をくわれた」と表現した。自党から立った婦人代議士に対して、これら保守の党は、どんな責任と義務とを感じているのだろうか。今のところ、まるでその実在性を念頭においてさえもいないように見える。保守の党が・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
過日『仰日』ならびに『檜の影』会からお手紙を頂き重ねてあなたからのお手紙拝見いたしました。『仰日』を拝見して、短歌については素人ですが一つ二つ感想を申上ます。 わたくしは一人の読者として『仰日』におさめられている多くの・・・ 宮本百合子 「歌集『仰日』の著者に」
出典:青空文庫