・・・私はこの芝居見物の一日が、舞台の上の菊五郎や左団次より、三浦の細君と縞の背広と楢山の細君とを注意するのに、より多く費されたと云ったにしても、決して過言じゃありません。それほど私は賑な下座の囃しと桜の釣枝との世界にいながら、心は全然そう云うも・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ と従七位は、山伏どもを、じろじろと横目に掛けつつ、過言を叱する威を示して、「で、で、その衣服はどうじゃい。」「ははん――姫様のおめしもの持て――侍女がそう言うと、黒い所へ、黄色と紅条の縞を持った女郎蜘蛛の肥えた奴が、両手で、へ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・は存在しなかったといっても過言でない以上、人間の可能性の追究という近代小説は、観念のヴェールをぬぎ捨てた裸体のデッサンを一つの出発点として、そこから発展して行くべきである。例えば、志賀直哉の文学の影響から脱すべく純粋小説論をものして、日本の・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ ぐらいのことは言い、いよいよとなれば、飲む覚悟も気休めにしていたほどであったから、一般大衆の川那子肺病薬に対する盲信と来たら、全くジフイレスのサルバルサンに於けるようなものだった――と、言って過言ではあるまい。病人にはっきり肺病だと知・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・童貞が去るとともに青春は去るというも過言ではない。一度女を知った青年は娘に対して、至醇なる憧憬を発し得ない。その青春の夢はもはや浄らかであり得ない。肉体的快楽をたましいから独立に心に表象するという実に悲しむべき習癖をつけられるのだ。性交を伴・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・「若輩の分際として、過言にならぬよう物を言われい。忠義薄きに似たりと言わぬばかりの批判は聞く耳持たぬ。損得利害明白なと、其の損得沙汰を心すずしい貴殿までが言わるるよナ。身ぶるいの出るまで癪にさわり申す。そも損得を云おうなら、善悪邪正定ま・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・私のそれから八年間の創作は全部、三島の思想から教えられたものであると言っても過言でない程、三島は私に重大でありました。 八年後、いまは姉にお金をねだることも出来ず、故郷との音信も不通となり、貧しい痩せた一人の作家でしかない私は、先日、や・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・作者は疲れて、人生に対して、また現実のつつましい営みに対して、たしかに乱暴の感情表示をなして居るという事は、あながち私の過言でもないと思います。 もう一つ、これは甚だロマンチックの仮説でありますけれども、この小説の描写に於いて見受けられ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・まことに、相逢った時のよろこびは、つかのまに消えるものだけれども、別離の傷心は深く、私たちは常に惜別の情の中に生きているといっても過言ではあるまい。 題して「グッド・バイ」現代の紳士淑女の、別離百態と言っては大袈裟だけれども、さまざまの・・・ 太宰治 「「グッド・バイ」作者の言葉」
・・・、その小山の如きうしろ姿を横目で見て、ほとんど畏敬に近い念さえ起り、思わず小さい溜息をもらしたものだが、つまりその頃、日本に於いてチャンポンを敢行する人物は、まず英雄豪傑にのみ限られていた、といっても過言では無いほどだったのである。 そ・・・ 太宰治 「酒の追憶」
出典:青空文庫