・・・営業的で、規則書が有り、月謝束修の制度も整然と立って居たのですが、漢学の方などはまだ古風なもので、塾規が無いのではありませんが至って漠然たるものでして、月謝やなんぞ一切の事は規則的法律的営業的で無く、道徳的人情的義理的で済んで居た方が多いの・・・ 幸田露伴 「学生時代」
第一章 死生第二章 運命第三章 道徳―罪悪第四章 半生の回顧第五章 獄中の回顧 第一章 死生 一 わたくしは、死刑に処せらるべく、いま東京監獄の一室に拘禁さ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・彼にとって、そんな冒険はできない、というより、そんな「不道徳なこと」はできない、といった方がより当っている。そうだった。そしてその二つが同じように進んでいたとき、龍介は気軽に女と会えた。恵子はかえって彼に露骨な好意を見せた。女から手紙が時々・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・事実、自分の日常生活を支配しているものは、やっぱり陳い陳い普通道徳にほかならない。自分の過去現在の行為を振りかえって見ると、一歩もその外に出てはいない。それでもって、決して普通道徳が最好最上のものだとは信じ得ない。ある部分は道理だとも思うが・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・而して宗教的思想より進みて道徳を以て人々の行を規定し行かんと擬したるは儒教なり。この固有思想と五行等の新來思想とが合せる時、その宗教的方面に結びつきしは方士の類なり。後に道教となり風水説となれり。その道徳的方面に結びつきしは儒教也、易也。而・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・主意は泰西の理学とシナの道徳と並び行なうべからざるの理を述ぶるにあり。文辞活動。比喩艶絶。これを一読するに、温乎として春風のごとく、これを再読するに、凜乎として秋霜のごとし。ここにおいて、余初めて君また文壇の人たるを知る。 今この夏、ま・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・トランプの遊びのように、マイナスを全部あつめるとプラスに変るという事は、この世の道徳には起り得ない事でしょうか。 神がいるなら、出て来て下さい! 私は、お正月の末に、お店のお客にけがされました。 その夜は、雨が降っていました。夫は、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・そしてそこで始めて、多数の公開観覧所が卑猥なものやあくどい際物で堕落し切っているのに対して、道徳的なものをもって対抗させる機会を得るだろう。教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来はただ言葉の記載で長たらしくやっている地理学などの教授・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・彼は何故に賤業婦を愛するかという理由を自ら解釈して、道徳的及び芸術的の二条に分った。道徳的にはかつて『見果てぬ夢』という短篇小説中にも書いた通り、特種の時代とその制度の下に発生した花柳界全体は、最初から明白に虚偽を標榜しているだけに、その中・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 道徳上の事で、古人の少しもゆるさなかったことを、今の人はよほど許容する、我儘をも許す、社会がゆるやかになる、畢竟道徳的価値の変化という事が出来て来た。即ち自分というものを発揮してそれで短所欠点悉くあらわす事をなんとも思わない。そして無・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
出典:青空文庫