・・・尤もこれはじゃ何だと云われると少し困りますが、まあ久米の田舎者の中には、道楽者の素質が多分にあるとでも云って置きましょう。そこから久米の作品の中にあるヴォラプテュアスな所が生れて来るのです。そんな点で多少のクラデルなんぞを想起させる所もあり・・・ 芥川竜之介 「久米正雄氏の事」
・・・と新造が横から引き取って、「一体その娘の死んだ親父というのが恐ろしい道楽者で自分一代にかなりの身上を奇麗に飲み潰してしまって、後には借金こそなかったが、随分みじめな中をお母と二人きりで、少さい時からなかなか苦労をし尽して来たんだからね。並み・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・総領の新太郎は道楽者で、長女のおとくは埼玉へ嫁いだから、両親は職人の善作というのを次女の千代の婿養子にして、暖簾を譲る肚を決め、祝言を済ませたところ、千代に男があったことを善作は知り、さまざま揉めた揚句、善作は相模屋を去ってしまった――。・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・唐の時に温庭という詩人、これがどうも道楽者で高慢で、品行が悪くて仕様がない人でしたが、釣にかけては小児同様、自分で以て釣竿を得ようと思って裴氏という人の林に這入り込んで良い竹を探した詩がありまする。一径互に紆直し、茅棘亦已に繁し、という句が・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・或いは、「道楽者」を私はその人の作品に感じるだけである。高貴性とは、弱いものである。へどもどまごつき、赤面しがちのものである。所詮あの人は、成金に過ぎない。 おけらというものがある。その人を尊敬し、かばい、その人の悪口を言う者をののしり・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ずいぶん果報な道楽者だとも云われるであろう。 ここまで書いて筆を擱くつもりでいたら、その翌日人に誘われて国宝展覧会を観に行った。古い絵巻物のあるものを見ていたらその絵の内容とその排列に今のレビューと実によく似たものがあることに気が付いた・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・至って横着な道楽者であるがすでに性質上道楽本位の職業をしているのだからやむをえないのです。そういう人をして己を捨てなければ立ち行かぬように強いたりまたは否応なしに天然を枉げさせたりするのは、まずその人を殺すと同じ結果に陥るのです。私は新聞に・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ 家は明治十四五年ごろまであったのだが、兄きらが道楽者でさんざんにつかって、家なんかは人手に渡してしまったのだ。兄きは四人あった。一番上のは当時の大学で化学を研究していたが死んだ。二番目のはずいぶんふるった道楽ものだった。唐棧の着物なん・・・ 夏目漱石 「僕の昔」
・・・バイロイトの劇場が開かれた時だって、集まった人の多数はなり金や道楽者や半可通であったそうだ。本国ドイツでファウストを興行したって、見物が皆ファウストを解する人から成り立ってはいない。分からず屋はいつも多数に相違無い。それが日本で興行せられる・・・ 森鴎外 「訳本ファウストについて」
出典:青空文庫