・・・繋がるるも道理じゃ」とアーサーはまたからからと笑う。「主の名は?」「名は知らぬ。ただ美しき故に美しき少女というと聞く。過ぐる十日を繋がれて、残る幾日を繋がるる身は果報なり。カメロットに足は向くまじ」「美しき少女! 美しき少女!」・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・――尤も、船会社と、船会社から頼まれた海軍だけだったが―― やがて、彼女が、駆逐艦に発見された時、船の中には、「これじゃ船が動く道理がない」と、船会社の社長が言った半馬鹿、半狂人の船長と、木乃伊のような労働者と、多くの腐った屍とがあった・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・悲しくてたまらなくなッて、駈け出して裏梯子を上ッて、座敷へ来て泣き倒れた自分の姿が意気地なさそうにも、道理らしくも見える。万一を希望していた通り、その日の夜になッたら平田が来て、故郷へ帰らなくともよいようになッたと、嬉しいことばかりを言う。・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 人或は言わん、右に論ずる所、道理は則ち道理なれども、一方より見れば今日女権の拡張は恰も社会の秩序を紊乱するものにして遽に賛成するを得ずとて、躊躇する者もあらんかなれども、凡そ時弊を矯正するには社会に多少の波瀾なきを得ず。其波瀾を掛念と・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・何でも気味の善い鳥とは思わなかったが、道理で地獄で鳴いてる鳥じャもの。今日は弔われのくたびれで眠くなって来た…………もう朝になったかしら、少し薄あかるくなったようだ。誰かはや来て居るよ。ハア植木屋がかなめを植えに来たと見える。しかしゆうべま・・・ 正岡子規 「墓」
・・・そして静かなところを、求めて林の中に入ってじっと道理を考えていましたがとうとうつかれてねむりました。全体、竜というものはねむるあいだは形が蛇のようになるのです。この竜も睡って蛇の形になり、からだにはきれいなるり色や金色の紋があら・・・ 宮沢賢治 「手紙 一」
・・・アメリカ委員会の活動は廃止さるべきものであり、鉄のカーテンはとけうるものであり、またとかせるべきものであり、利潤を追うあまりに戦争挑発のとびこみ台となる基本産業は国有にされたほうがよいと、誰にでもその道理がうなずける綱領を示したからであった・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・市街戦の惨状が野戦よりはなはだしいと同じ道理で、皿に盛られた百虫の相啖うにもたとえつべく、目も当てられぬありさまである。 市太夫、五太夫は相手きらわず槍を交えているうち、全身に数えられぬほどの創を受けた。それでも屈せずに、槍を棄てて刀を・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ 二人とも何やら浮かぬ顔色で今までの談話が途切れたような体であッたが、しばらくして老女はきッと思いついた体で傍の匕首を手に取り上げ、「忍藻、和女の物思いも道理じゃが……この母とていとう心にはかかるが……さりとて、こやそのように、忍藻・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「そうか、道理で顔が青いって。」「そうやろが。」「そしてこれから何処行きや?」「何処って、俺に行くとこあるものか。母屋に厄介になろうと思うて帰って来たのやが、秋公がお前、南の家は株内やぬかして、引っ張って来よったのや、ほんま・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫