・・・ 清三は老父の心持を察して何か気の毒になったらしく、止めさせるような言葉を挟み挟み、浅草へ行く道順を話をし、停留場まで一緒に行って電車にのせてやった。 じいさんとばあさんとは、大きな建物や沢山の人出や、罪人のような風をした女や、眼が・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・だから他郷へ出て苦労をするにしても、それそれの道順を踏まなければ、ただあっちこっちでこづき廻されて無駄に苦しい思をするばかり、そのうちにあ碌で無い智慧の方が付きがちのものだから、まあまあ無暗に広い世間へ出たって好いことは無い、源さんも辛いだ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・いますぐ、渋谷へ飛んで行って、確めてみたいとさえ思ったが、やはり熊本君の下宿の道順など、朦朧としている。夢だったのに違いない。公園の森を通り抜け、動物園の前を過ぎ、池をめぐって馴染の茶店にはいった。老婆が出て来て、「おや、きょうは、お一・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・昭和六年の元旦のちょうど昼ごろに、麻布の親類から浅草の親類へ回る道順で銀座を通って見たときの事である。荒涼、陰惨、ディスマル、トロストロース、あらゆる有り合わせの形容詞の総ざらえをしても間に合わない光景である。いつもは美しく飾り立てた小売り・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・決してこの方面の書物に興味がないわけではないが、ただ自然に習慣となった道順の最後になるために、いつでもここが粗略になるのである。一度ぐらいは、このなんの理由もなしに定めた順序を変え、あるいは逆にしてもよさそうなものであるが、実際にはそのよう・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・――後からその歩みぶりを見ると、若い女の心に行く先も、道順もこれぞと云って定っていないのが明かに感じられた。女は、家と名のつくところへ帰って行くのでもない。時間のある処へ訪ねるのでもない。ただ歩いている――幸福でなく、異様にあてどない空虚な・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・どういう道順であったか、上野の山下へ出た。そこで自働電話を父へかけた。何時までならいると父が云ったので、私は、黒リボンを帯留めにくくりつけるひまのなかった例の時計を電話機の前の棚のところへ出してのせ、それを眺めながら、だって父様すこし無理よ・・・ 宮本百合子 「時計」
・・・ それまでになる道順を考え又それからあとの事までも思いめぐらして見た。 どんづまりにつきあたるところはやっぱりさっきと同じおそろしく物凄いそうして動かすことの出来ない悲しいいたましい事であった。 男は又あともどりをした。・・・ 宮本百合子 「どんづまり」
・・・ずにその女のとこに行って、『書かして呉れませんか』ってたのんだんです、そうするとマア、思いがけなく『エエ、ようござんすとも、こんなおたふくで御気に入りゃあ』って云ったもんで家から、場所から――御丁寧に道順まできいたんです。新橋のネ、橋の一寸・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫