・・・唯僕をして云わしむれば、これを微哀笑と称するの或は適切なるを思わざる能わず。 既にあきらめに住すと云う、積極的に強からざるは弁じるを待たず。然れども又あきらめに住すほど、消極的に強きはあらざるべし。久保田君をして一たびあきらめしめよ。槓・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・のいっさいが初めて最も適切なる批評を享くるからである。時代に没頭していては時代を批評することができない。私の文学に求むるところは批評である。 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・蓋し僕には観音経の文句――なお一層適切に云えば文句の調子――そのものが難有いのであって、その現してある文句が何事を意味しようとも、そんな事には少しも関係を有たぬのである。この故に観音経を誦するもあえて箇中の真意を闡明しようというようなことは・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・が、こんな適切な形容は、凡慮には及ばなかった。 お天守の杉から、再び女の声で……「そんな重いもの持運ぶまでもありませんわ。ぽう、ぽっぽ――あの三人は町へ遊びに出掛ける処なんです。少しばかり誘をかけますとね、ぽう、ぽっぽ――お社近まで・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・てくる一貫せる理想に依て家庭を整へ家庭を楽むは所有人事の根柢であるというに何人も異存はあるまい、食事という天則的な人事を利用してそれに礼儀と興味との調和を得せしむるという事が家庭を整へ家庭を楽むに最も適切なる良法であることは是又何人も異存は・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・余裕なき境遇にある人が、僅かに余裕を発見した時に、初めて余裕の趣味を適切に感ずることができる。 一風呂の浴みに二人は今日の疲れをいやし、二階の表に立って、別天地の幽邃に対した、温良な青年清秀な佳人、今は決してあわれなかわいそうな二人では・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・もっと適切に言ったなら、安住の世界を、その時代の生活は、それを肯定として、趣味の上に求めるより外になかったからである。所謂牧歌的のものはそれでいい。それらには野趣があるし、又粗野な、時代に煩わされない本能や感情が現われているからそれでいいけ・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・遠くまで吾々で送ってきたというよりも、遠くへまで片づけにやってきたという方が、どうも適切のような気もするね……」 この辺一帯に襲われているという毒蛾を捕える大篝火が、対岸の河原に焚かれて、焔が紅く川波に映っていた。そうしたものを眺めたり・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・自分は武蔵野の美といった、美といわんよりむしろ詩趣といいたい、そのほうが適切と思われる。 二 そこで自分は材料不足のところから自分の日記を種にしてみたい。自分は二十九年の秋の初めから春の初めまで、渋谷村の小さな茅屋に・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・その最も適切の例証は、最近に結成せられた「産業技術連盟」の声明書である。それは純粋に専門的な技術家のみの結社であるが、技術は社会的・政治的問題と関連することなしには、その技術の任務と成果とをとげることができないと宣言しているのである。 ・・・ 倉田百三 「学生と読書」
出典:青空文庫