・・・「その日に自分が為るだけの務めをしてしまってから、適宜の労働をして、湯に浴って、それから晩酌に一盃飲ると、同じ酒でも味が異うようだ。これを思うと労働ぐらい人を幸福にするものは無いかも知れないナ。ハハハハハ。」と快げに笑った主人の面か・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・此等の船は隅田川へ入って来て、適宜の場所へ夜泊して仕事をして居る。斯ういうように遠くから出掛けて来るということは誠に結構なことで、これが益々盛になれば自然日本の漁夫も遠洋漁業などということになるので、詰り強い奴は遠洋へ出掛けてゆく、弱い奴は・・・ 幸田露伴 「夜の隅田川」
・・・光線に対しては乳色ガラスのランプシェードのように光を弱めずに拡散する効果があり、風に対してもその力を弱めてしかも適宜な空気の流通を調節する効果をもっている。 日本の家は南洋風で夏向きにできているから日本人は南洋から来たのだという説を立て・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ローマン主義の調和は時と場所に依り、その要求に応じて二者が適宜に調諧して、甲の場合には自然主義六分ローマン主義四分というように時代及び場所の要求に伴うて、両者の完全なる調和を保つ所に、新ローマン主義を認める。将来はこうなる事であろうと思う。・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・いやしくも道楽である間は自分に勝手な仕事を自分の適宜な分量でやるのだから面白いに違ないが、その道楽が職業と変化する刹那に今まで自己にあった権威が突然他人の手に移るから快楽がたちまち苦痛になるのはやむをえない。打ち明けた御話が己のためにすれば・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・元来人の子に教を授けて之を完全に養育するは、病人に薬を服用せしめて其薬に適宜の分量あるが如し。既に其分量を誤るときは良薬も却て害を為す可し。左れば父母が其子を養育するに、仮令い教訓の趣意は美なりとするも、女子なるが故にとて特に之を厳にするは・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ ゆえに政府たる者が人民の権を認むると否とに際して、その加減の難きは、医師の匕の類に非ず、これを想い、またこれを思い、ただに三思のみならず、三百思もなお足るべからずといえども、その細目の適宜を得んとするは、とうてい人智の及ぶところに非ざ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・刑法は猥褻罪を規定しているから猥褻な本の取締りのためには、刑法のその条項を適宜に運用すべきである。もしかりに、漠然と公安を乱すおそれがある出版物はとりしまるというような新取締法をつくったならば、政府はよろこび勇んで、政府を批判し彼らの良心を・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・若し第一瞥が余り思わしくなかったら、お昼だけに仕て置こうという停車場での相談を、私は適宜に運用したに過ぎない。「どうぞこちらで暫くお待ち下さい」 番頭が、ホールの隣の戸を開けた。 南欧風に、中庭を囲んでぐるりと奥ゆきある柱廊づき・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・って話してね、お互い同士は友達ですから、こういうことはどうなんだろうね、たとえば天皇はこういうときどういう言葉を使われるのだろうね、というようなことをお互いの間でいうと、侍従か何かがそこにいて、天皇に適宜にとりつぎ、またその答えは側のものが・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
出典:青空文庫