・・・ 半三郎はこのほかにも幾多の危険に遭遇した。それを一々枚挙するのはとうていわたしの堪えるところではない。が、半三郎の日記の中でも最もわたしを驚かせたのは下に掲げる出来事である。「二月×日 俺は今日午休みに隆福寺の古本屋を覗きに行った・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・―――――――――――――――――― 十分ほど前、何小二は仲間の騎兵と一しょに、味方の陣地から川一つ隔てた、小さな村の方へ偵察に行く途中、黄いろくなりかけた高粱の畑の中で、突然一隊の日本騎兵と遭遇した。それが余り突然すぎたので、敵も・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・僕は湖南へ旅行した時、偶然ちょっと小説じみた下の小事件に遭遇した。この小事件もことによると、情熱に富んだ湖南の民の面目を示すことになるのかも知れない。………… * * * * * 大正十年五月十六日の午後四時頃、僕の乗っ・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・父は、私が農学を研究していたものだから、私の発展させていくべき仕事の緒口をここに定めておくつもりであり、また私たち兄弟の中に、不幸に遭遇して身動きのできなくなったものができたら、この農場にころがり込むことによって、とにかく餓死だけは免れるこ・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・青島、おまえと堂脇との遭遇戦についても簡単に報告しろよ。青島 僕はかまわず堂脇の家の広い庭にはいりこんで画を描いていてやった。そうしたら堂脇がお嬢さんを連れて散歩にやってきた。堂脇はこんなふうに歩いて、お嬢さんはこんなふうに歩いてそう・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・見よ、彼らの亡国的感情が、その祖先が一度遭遇した時代閉塞の状態に対する同感と思慕とによって、いかに遺憾なくその美しさを発揮しているかを。 かくて今や我々青年は、この自滅の状態から脱出するために、ついにその「敵」の存在を意識しなければなら・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・後に再び川越に転封され、そのまま幕末に遭遇した、流転の間に落ちこぼれた一藩の人々の遺骨、残骸が、草に倒れているのである。 心ばかりの手向をしよう。 不了簡な、凡杯も、ここで、本名の銑吉となると、妙に心が更まる。煤の面も洗おうし、土地・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ とにかく去年から今年へかけての、種々の遭遇によって、僕はおおいに自分の修業未熟ということを心づかせられた。これによって君が僕をいままでわからずにおった幾部分かを解してくれれば満足である。・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・年の妖祟豈因無からん 半世売弄す懐中の宝 霊童に輸与す良玉珠 里見氏八女匹配百両王姫を御す 之子于に帰ぐ各宜きを得 偕老他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に団欒の日あり 名士豈遭遇の時無からん 人は周南詩句の裡に在り・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・そのごとく真に強い国は国難に遭遇して亡びないのであります。その兵は敗れ、その財は尽きてそのときなお起るの精力を蓄うるものであります。これはまことに国民の試練の時であります。このときに亡びないで、彼らは運命のいかんにかかわらず、永久に亡びない・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
出典:青空文庫