・・・幕はまるで円頂閣のような、ただ一つの窓を残して、この獰猛な灰色の蜘蛛を真昼の青空から遮断してしまった。が、蜘蛛は――産後の蜘蛛は、まっ白な広間のまん中に、痩せ衰えた体を横たえたまま、薔薇の花も太陽も蜂の翅音も忘れたように、たった一匹兀々と、・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・――こう云う不安は、丁度、北支那の冬のように、このみじめな見世物師の心から、一切の日光と空気とを遮断して、しまいには、人並に生きてゆこうと云う気さえ、未練未釈なく枯らしてしまう。何故生きてゆくのは苦しいか、何故、苦しくとも、生きて行かなけれ・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ 僕の考え込んだ心は急に律僧のごとく精進癖にとじ込められて、甘い、楽しい、愉快だなどというあかるい方面から、全く遮断されたようであった。 ふと、気がつくと、まだ日が暮れていない。三人は遠慮もなくむしゃむしゃやっている。僕は、また、猪・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・彼等は、土をかきこんで、それを遮断しようがために、無茶苦茶にシャベルを動かした。 土は、穴を埋め、二尺も、三尺も厚く蔽いかぶせられ、ついに小山をつくった。…… 六 これは、ほんの些細な、一小事件にすぎなかった。・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・すべての自然の風景を、理智に依って遮断し、取捨し、いささかも、それに溺れることなく、謂わば「既成概念的」な情緒を、薔薇を、すみれを、虫の声を、風を、にやりと薄笑いして敬遠し、もっぱら、「我は人なり、人間の事とし聞けば、善きも悪しきも他所事と・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・それが下駄を片手にぶらさげて跣足で田の畦を逃げ廻るのを、村のアマゾン達が巧妙な戦陣を張ってあらゆる遁げ路を遮断しながらだんだんに十六むさしの罫線のような畦を伝って攻め寄せて行った。その後から年とった女達が鍬の上に泥を引っかけたのを提げて弾薬・・・ 寺田寅彦 「五月の唯物観」
・・・は遮断、「チョ」は山。仁西 「ニセイ」絶壁。野見 「ヌムイ」豊漁の湾。与津 「エツイ」岬。小籠 「コム」は瘤、また小山。「コムコム」か。咥内 「カウンナイ」係蹄をかけて鹿を捕る沢。石狩にもこの地名あり。加江 は岩の割・・・ 寺田寅彦 「土佐の地名」
・・・ あんなにも痛ましくたくさんの死者を出したのは一つには市街が狭い地峡の上にあって逃げ道を海によって遮断せられ、しかも飛び火のためにあちらこちらと同時に燃え出し、その上に風向旋転のために避難者の見当がつかなかったことなども重要な理由には相・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・これに反して、ガラス窓の向こうで男女が何か小声で話しているのをこっちから見ているという種類のは、光を透過して音を遮断した場合である。この種類の特殊な効果の可能性もまだ現在のトーキーでことごとくされているとは思われない。 目はまぶたによっ・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・ この静な道を行くこと一、二町、すぐさま万年橋をわたると、河岸の北側には大川へ突き出たところまで、同じような平たい倉庫と、貧しげな人家が立ちならび、川の眺望を遮断しているので、狭苦しい道はいよいよせまくなったように思われてくる。わたくし・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
出典:青空文庫