・・・近来は市校の他に学校も多ければ、子弟のために適当の場所を選ぶは全く父母の心に存することにして、これがため、敢てその人物を軽重下等士族の輩が上士に対して不平を抱く由縁は、専ら門閥虚威の一事に在て、然もその門閥家の内にて有力者と称する人物に向て・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・如く、其意味を問わずして其声を耳にするのみ、果して其意味を解釈するも事に益することなきは実際に明なる所にして、例えば和文和歌を講じて頗る巧なりと称する女学史流が、却て身辺の大事を忘却して自身の病に医を択ぶの法を知らず、老人小児を看病して其方・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・現にこの頃の『ホトトギス』で遣って居るように三、四人の選者で同じ句を選んで見たところで、決して同じ句を選ぶものはない。そのような事を度々繰りかえして見たところで、それがためにだんだん三、四人の選者の標準が近くなって来るというような傾向も見え・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・つまり友達としては向上心もあり、感受性も活溌で、幾らかはスポーティな、いってみれば手ごたえの鮮やかな女性を好む若い男たちが、いざ結婚のあいてを選ぶとなると案外そのようなタイプとは逆の、いわゆる家庭的と総称されて来ている娘たちの方を妻として安・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・けれども妻と一歳の娘――インガに、妻のグラフィーラと自分とのどっちを選ぶつもりなのかと云われると、ドミトリーはこう答えるしかなかった。「どうしていいか分らない! 森へ迷いこんだようだ。」 インガは、その点をただ恋人とし、女としての立場か・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・そうして見れば、僕は事実上極蒙昧な、極従順な、山の中の百姓と、なんの択ぶ所もない。只頭がぼんやりしていないだけだ。極頑固な、極篤実な、敬神家や道学先生と、なんの択ぶところもない。只頭がごつごつしていないだけだ。ねえ、君、この位安全な、危険で・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・文政五年は午であるので、俗習に循って、それから七つ目の子を以てわたくしの如きものが敢て文を作れば、その選ぶ所の対象の何たるを問わず、また努て論評に渉ることを避くるに拘らず、僭越は免れざる所である。 ―――――――――・・・ 森鴎外 「細木香以」
・・・ただ分っていることは、人人は神を信じるか、それとも自分の頭を信じるかという難問のうちの、一つを選ぶ能力に頼るだけである。他の文句など全く不必要なこんなときでも、まだ何とかかとか人は云い出す運動体だということ、停ったかと思うと直ちに動き出すこ・・・ 横光利一 「鵜飼」
・・・昔の和歌に巧妙な古歌の引用をもって賞讃を博したものがあるが、この種の絵もそういう技巧上の洒落と択ぶ所がない。自己の内部生命の表現ではなく、頭で考えた工夫と手先でコナした技巧との、いわばトリックを弄した芸当である。そうしてそのトリックの斬新が・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ ところで、そういう時代の思想界から誰を代表者として選ぶかということになると、やはり一条兼良のほかはないであろう。兼良は応永九年の生まれで、応永時代の代表者としては少しく遅いが、しかしそれでも応永の末には右大臣、永享四年には関白となって・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫