・・・人の灰やら、犬の骨やら、いずれ不気味なその部落を隔てた処に、幽にその松原が黒く乱れて梟が鳴いているお茶屋だった。――うぐい、鮠、鮴の類は格別、亭で名物にする一尺の岩魚は、娘だか、妻女だか、艶色に懸相して、獺が件の柳の根に、鰭ある錦木にするの・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 半里ばかり向うの沼のほとりに、鮮人部落がある。そこに、色の白い面長の若い娘がいる。このあたりの鮮人には珍らしい垢ぬけのした女だ。それを知らないか、松本はそうきいた。 と、彼は、それと同じことを、鮮人部落の地理や、家の格好や、その内・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・山はあるところでは急激な崖になって海に這入り、又あるところは山と山との間の谷間が平かになって入江を形づくり部落と段々畑になった耕地がある。そして島の周囲には、いくつかのより小さい岩の島がある。 私はしかし、小さい頃から和やかな瀬戸内海の・・・ 黒島伝治 「海賊と遍路」
・・・ 往復一里もあるその部落へその女は負い籠を背負って行ったそうだが、結果がどうなったかは帰って来ても喋らない。しかし、再三籠を背負って行くのを見た者があるそうだ。 が、最近また米の配給方法が変って外米を鶏に呉れてやった船長の細君も、籠・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
一 豚 毛の黒い豚の群が、ゴミの溜った沼地を剛い鼻の先で掘りかえしていた。 浜田たちの中隊は、昂鉄道の沿線から、約一里半距った支那部落に屯していた。十一月の初めである。奉天を出発した時は、まだ、満洲の平原に青い草が見えていた・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・谷間には、稲の切株が黒くなって、そのまゝ残っていた。部落一帯の田畑は殆んど耕されていなかった。小作人は、皆な豚飼いに早替りしていた。 たゞ、小作地以外に、自分の田畑を持っている者だけが、そこへ麦を蒔いていた。それが今では、三尺ばかりに伸・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ 川添いの小さい部落の子供達は、堂の前に集った。それぞれ新しい独楽に新しい緒を巻いて廻して、二ツをこちあてあって勝負をした。それを子供達はコッツリコと云った。緒を巻いて力を入れて放って引くと、独楽は澄んで廻りだす。二人が同時に廻して、代・・・ 黒島伝治 「二銭銅貨」
・・・ 二 ユフカ村から四五露里距っている部落――C附近をカーキ色の外皮を纏った小人のような小さい兵士達が散兵線を張って進んでいた。 白樺や、榛や、団栗などは、十月の初めがた既に黄や紅や茶褐に葉色を変じかけていた。・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 彼女の家には、蕨や、いたどりや、秋には松茸が、いくらでも土の下から頭をもちあげて来る広い、樹の茂った山があった。「山なしが、山へ来とるげ……」 部落の子供達が四五人、或は七八人も、手籠を一つずつさげて、山へそう云うものを取りに・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・がったん、電車は、ひとつ大きくゆれて見知らぬ部落の林へはいった。微笑ましきことには、私はその日、健康でさえあったのだ。かすかに空腹を感じたのである。どこでもいい、にぎやかなところへ下車させて下さい、と車掌さんにたのんで、ほどなく、それではこ・・・ 太宰治 「狂言の神」
出典:青空文庫