・・・落人のそれならで、そよと鳴る風鈴も、人は昼寝の夢にさえ、我名を呼んで、讃美し、歎賞する、微妙なる音響、と聞えて、その都度、ハッと隠れ忍んで、微笑み微笑み通ると思え。 深張の涼傘の影ながら、なお面影は透き、色香は仄めく……心地すれば、誰憚・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・畢竟するに戯作が好きではなかったが、馬琴に限って愛読して筆写の労をさえ惜しまず、『八犬伝』の如き浩澣のものを、さして買書家でもないのに長期にわたって出版の都度々々購読するを忘れなかったというは、当時馬琴が戯作を呪う間にさえ愛読というよりは熟・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・その嫁と比べて、お君の美しさはあらためて男湯で問題になった。露骨に俺の嫁になれと持ちかけるものもあったが、笑っていた。金助へ話をもって行くものもあった。その都度、金助がお君の意見を訊くと、例によって、「私はどないでも……」 いいが、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・その都度せかせかとこの橋を渡らねばならなかった。近頃は、弓形になった橋の傾斜が苦痛でならない。疲れているのだ。一つ会社に十何年間かこつこつと勤め、しかも地位があがらず、依然として平社員のままでいる人にあり勝ちな疲労がしばしばだった。橋の上を・・・ 織田作之助 「馬地獄」
・・・欠伸をまじえても金銭に換算しても、やはり女の生理の秘密はその都度新鮮な驚きであった。私は深刻憂鬱な日々を送った。 阿部定の事件が起ったのは、丁度そんな時だ。妖艶な彼女が品川の旅館で逮捕された時、号外が出て、ニュースカメラマンが出動した。・・・ 織田作之助 「世相」
・・・を読み直すことがその都度の結論だが、僕は「ジュリアン・ソレル」という小説を書こうと思う。これは長いものになるが、今年中か来年のはじめには着手するつもりだ。僕の小説に思想がないとか、真実がないとか言っている連中も、これを読めば、僕が少くとも彼・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・ と思い出したようにふっと言い、嘉七は、その都度、心弱く、困った。 太宰治 「姥捨」
・・・私は不流行の、無名作家なのだから、その都度たいへん恐縮する。「病気は、もう、いいのですか?」必ず、まず、そうきかれる。私は馴れているので、「ええ、ふつうの人より丈夫です。」「どんな工合だったんですか?」「五年まえのことです。・・・ 太宰治 「鴎」
・・・三度、ながい手紙をさしあげて、その都度、あかるい御返事いただいた。私がその作家を好きであるのと丁度おなじくらいに、その作家もまた私を好きなのだ、といつのまにか、ひとりできめてしまっていた。のこり少い時間である。仕合せのことに用いなければいけ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・君のれいの商売で、儲けるぶんくらいは、その都度きちんと支払う。」「ただ、あなたについて歩いていたら、いいの?」「まあ、そうだ。ただし、条件が二つある。よその女のひとの前では一言も、ものを言ってくれるな。たのむぜ。笑ったり、うなずいた・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
出典:青空文庫