・・・お母さんは、その都度、どんなに痛い苦しい思いをするか、そんなものは、てんで、はねつけている自分だ。お父さんがいなくなってからは、お母さんは、ほんとうにお弱くなっているのだ。私自身、くるしいの、やりきれないのと言ってお母さんに完全にぶらさがっ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・お葬式の翌る日、学校へ出たら、先生がたも、みんな私にお悔みを言って下さって、私はその都度、泣きました。お友達からも、意外のほどに同情され、私はおどおどしてしまいました。市ヶ谷の女学校に徒歩で通っていたのですが、あのころは、私は小さい女王のよ・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・私は、そのようなむだな試みを幾度となく繰り返し、その都度、失敗した。私は絶望した。私は大作家になる素質を持っていないのだと思った。ああ、しかし、そんな内気な臆病者こそ、恐ろしい犯罪者になれるのだった。 二 私が・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・こんな化け物みたいなものに、ついてこられて、たまるものか、とその都度、私は、だまってポチを見つめてやる。あざけりの笑いを口角にまざまざと浮べて、なんぼでも、ポチを見つめてやる。これは大へんききめがあった。ポチは、おのれの醜い姿にハッと思い当・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・お医者は、その都度、心を鬼にして、奥さまもうすこしのご辛棒ですよ、と言外に意味をふくめて叱咤するのだそうである。 八月のおわり、私は美しいものを見た。朝、お医者の家の縁側で新聞を読んでいると、私の傍に横坐りに坐っていた奥さんが、「あ・・・ 太宰治 「満願」
・・・ただいちばん面食らわされるのは、東京付近などで年々新しく開設される電鉄軌道や自動車道路がその都度記入されていないことだけである。 東京付近へドライヴに出るとき気のついたことは、たいていの運転手が陸地測量部地形図を利用しないでかえって坊間・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・ 一生の間には、事務的な用向ではあるが夥しい度数の旅行をして居りますから、その都度書いてよこした寸簡類がもし今日迄保存されていたら、恐らく大した数にのぼって居たことでしょう。 どういうわけか、父が家族に宛てて書いた手紙類は実に小部分・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・そしてその都度不愉快極まる反響を聞くのです。 昨今は私が何か云うと、愚痴とか厭味とか云ってからかわれることになっている。それだけで何の効果もない。何の役にも立たない。人に利益は与えずに、自分が不愉快な目に逢うのみです。そんなことは私だっ・・・ 森鴎外 「Resignation の説」
出典:青空文庫