・・・ 道子はそう呟くと、姉の遺骨のはいった鞄を左手に持ちかえて、そっと眼を拭き、そして、錬成場にあてられた赤坂青山町のお寺へ急ぐために、都電の停留所の方へ歩いて行った。 織田作之助 「旅への誘い」
・・・勤めにゆくため、学校へゆくため、是非乗らなければならない省線、都電、バスなど、交通費もみんな三倍になりました。今の配給だけで、やって行ける家庭が一軒でもあるでしょうか。 今日、この有様の中でも、銀行家や金持ちは、コモかぶりを置いて暮して・・・ 宮本百合子 「幸福のために」
・・・ そういう時期に、都電が故障した偶然から、神明町のわきの本屋へ入った。何心なく見まわしていたら、「春桃」中国文学研究会編という一冊が目にとまった。 その赤い文字の「春桃」という題を特別な気持で見たのには、いわれがあった。ざっと一ヵ月・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・省線・都電の運賃値上げをして、地域によっては出もしないガス六倍、水道十二倍にすると云った。まさか、出ないガスと水道だから上ったところでメートル代だけです、というわけでもなかろう。これらは、どういう「非常措置」を受けるのだろうか。同じこの朝の・・・ 宮本百合子 「モラトリアム質疑」
・・・そこで二人は都電で六本木まで行くことにしたが、栖方は、自動車の番号を梶に告げ、街中で見かけたときはその番号を呼び停めていつでも乗ってくれと云ったりした。電車の中でも栖方は、二十一歳の自分が三十過ぎの下僚を呼びつけにする苦痛を語ってから、こう・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫