・・・を羅列して豪奢を誇るの顰に傚わず、閑雅の草庵に席を設けて巧みに新古精粗の器物を交置し、淳朴を旨とし清潔を貴び能く礼譲の道を修め、主客応酬の式頗る簡易にしてしかもなお雅致を存し、富貴も驕奢に流れず貧賤も鄙陋に陥らず、おのおの其分に応じて楽しみ・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・朝寝が好きで、髪を直すに時間を惜しまず、男を相手に卑陋な冗談をいって夜ふかしをするのが好きであるが、その割には世帯持がよく、借金のいい訳がなかなか巧い。年は二十五、六、この社会の女にしか見られないその浅黒い顔の色の、妙に滑っこく磨き込まれて・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・道徳に関係の無い文芸の御話をすれば幾らでもありますが、例えば今私がここへ立ってむずかしい顔をして諸君を眼下に見て何か話をしている最中に何かの拍子で、卑陋な御話ではあるが、大きな放屁をするとする。そうすると諸君は笑うだろうか、怒るだろうか。そ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・地位職分を殊にする者が、この卑陋なる一室に雑居して苦々しき思をなさんより、高く楼に昇りてその室を分ち、おのおの当務の事を務むるはまた美ならずや。室を異にするも、家を異にするに非ず。居所高ければもって和すべく、居所卑ければ和すべからざるの異あ・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交あるを知て情交あるを知らず、例えば今の浮世男子が芸妓などを弄ぶが如き、自から男女の交際とは言いながら、其調子の極めて卑陋にして醜猥無礼なるは、気品高き情交の区域を去ること遠し。仮令い直・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・一 女子が如何に教育せられて如何に書を読み如何に博学多才なるも、其気品高からずして仮初にも鄙陋不品行の風あらんには、淑女の本領は既に消滅したりと言う可し。我輩が茲に鄙陋不品行の風と記したるは、必ずしも其人が実際に婬醜の罪を犯したる其罪を・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・畢竟我が人文のなお未だ鄙陋を免れざるの証として見るべきものなり。然り而してこの日本流の落語なりまた滑稽談なり、特に下等の民間に行わるる鄙陋なればなお恕すべしといえども、堂々たる上流の士君子と称する輩が、自ら鄙陋を犯してまた鄙陋を語り、醜臭を・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
出典:青空文庫