・・・ 鬼の酋長は驚いたように、三尺ほど後へ飛び下ると、いよいよまた丁寧にお時儀をした。五 日本一の桃太郎は犬猿雉の三匹と、人質に取った鬼の子供に宝物の車を引かせながら、得々と故郷へ凱旋した。――これだけはもう日本中の子供のと・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・おどらぬ男には嫁に行かぬと「酋長の娘」にいわれては土人の若者はおどらずにはおられまい。 ところで今日この国の娘たちは充分に自覚しているとはいい難い。次代を背負う青年がただ娘たちの好みに引きずられるだけでは心細い。彼女たちの好みにまかせて・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 酋長のむすこがライオンに食われる場面がある。あれはどうも映画師がほとんど計画的に食わせるように思われて不愉快であった。白人にとっては黒人はおそらくゼブラや疣猪とたいしてちがったものには思われてないのではないかという気がしてならない。黄・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・南洋孤島の酋長東都を訪うて鉄道馬車の馬を見、驚いてあれは人食う動物かと問う、聞いて笑わざる人なし。笑う人は馬の名を知り馬の用を知り馬の性情形態を知れどもついに馬を知る事はできぬのである。馬を知らんと思う者は第一に馬を見て大いに驚き、次に大い・・・ 寺田寅彦 「知と疑い」
・・・天照大神の物語は日本の古代社会には女酋長があったという事実を示しているとともに、その氏族の共同社会での女酋長の仕事の一つとして彼女は織りものをしたということが語られている。天照という女酋長が、出来上ることをたのしみにして織っていた機の上に弟・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・だが、その歌よりもさきに、原始の祖先たちは、狩猟をし、獣の皮をはぎ、火をおこし、女は針に似た道具でその獣の皮や粗布を縫い合わせた。酋長を囲んで相談し、収穫と生産とについて部族のしきたりと定めにしたがい、習慣をもって生と死の現象を扱った。定め・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・――わたしたちがくれぐれも忘れてならないことは、そのアフリカの奴隷市、奴隷港でも、黒人奴隷売買の親方は同じ黒人の酋長や金持であったという事実である。 日本人民の運命には重大な危険がかくされている。それを念頭において今日の政治を観察し・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・天照大神という名は、後代の支配者たちが政治的に利用して、宗教的崇拝の中心に置いたが、現実に歴史をさぐれば、天照大神は古代日本の社会において、一人の女酋長であった。日本の石器時代の氏族社会は、まだ総ての生産手段とその収穫とを共有していた時代で・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ いつか Kambodscha の酋長がパリに滞在していた頃、それが連れて来ていた踊子を見て、繊く長い手足の、しなやかな運動に、人を迷わせるような、一種の趣のあるのを感じたことがある。その時急いで取った dessins が今も残っている・・・ 森鴎外 「花子」
出典:青空文庫