・・・小さい盃の中の酒を、一息にぐいと飲みほしても、周囲の人たちが眼を見はったもので、まして独酌で二三杯、ぐいぐいつづけて飲みほそうものなら、まずこれはヤケクソの酒乱と見なされ、社交界から追放の憂目に遭ったものである。 あんな小さい盃で二、三・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・さすが、抜け目ない柳田も、頭をかいて苦笑し、「酒乱にはかなわねえ。腕力も強そうだしさ。仕末が悪いよ。とにかく、伊藤。先生のあとを追って行って、あやまって来てくれ。僕もこんどの君の恋愛には、ハラハラしていたんだが、しかし、出来たものは仕様・・・ 太宰治 「女類」
・・・父は酒乱。」そう言って、可愛く笑った。「私は酒乱じゃないけど、かなり好きなほうだ。それじゃ、私はお酒を呑むから、君はビイルにし給え。」今夜は、呑みあかしてもいい、と自身に許可を与えていた。 幸吉は女中を呼ぼうとして手を拍った。「・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・よく居酒屋の口論などで、ひとりが悲憤してたけり立っているのに、ひとりは余裕ありげに、にやにやして、あたりの人に、「こまった酒乱さ」と言わぬばかりの色目をつかい、そうして、その激昂の相手に対し、「いや、わるかったよ、あやまるよ、お辞儀をします・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・或人は、嘘つき。また或人は、おっちょこちょい。或人は、酒乱者の一人」また問い給う「なんじらは我を誰と言うか」ひとりの落第生答えて言う「なんじはサタン、悪の子なり」かれ驚きたまい「さらば、これにて別れん」 私は学生たちと別れて家に帰り、ひ・・・ 太宰治 「誰」
・・・聖人賢者の真似をして、したり顔に腕組みなんかしている奴は、やっぱり本当の聖人賢者である、なんて、いやな事が書かれてあったが、浮気の真似をする奴は、やっぱり浮気、奇妙に学者ぶる奴は、やっぱり本当の学者、酒乱の真似をする奴は、まさしく本物の酒乱・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 千代の話によれば、彼女の父は町で有名な酒乱であった。彼女の母は、十年前妹をつれて逃げ、今名古屋にいる。その人形は、数年前、母に会いたさに父に無断で名古屋に行った時、母に買って貰ったと云うものであった。今度、到底いたたまれないで逃げて来・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫