・・・ ――街の剃頭店主人、何小二なる者は、日清戦争に出征して、屡々勲功を顕したる勇士なれど、凱旋後とかく素行修らず、酒と女とに身を持崩していたが、去る――日、某酒楼にて飲み仲間の誰彼と口論し、遂に掴み合いの喧嘩となりたる末、頸部に重傷を負い・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 川口屋の女主お直というは吉原の芸妓であったが、酒楼川口屋を開いて後天保七年に隅田堤に楓樹を植えて秋もなお春日桜花の時節の如くに遊客を誘おうと試みた。この事は風俗画報『新撰名所図会』に『好古叢誌』の記事を転載して説いているから茲に贅せな・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・是ニ於テヤ酒楼ノ情況宛然妓院ニ似タルモノアリ。予復問フテ曰ク卿等女給サンノ前身ハ何ゾヤ。聞クナラク浅草公園上野広小路辺ノ洋風酒肆近年皆競ツテ美人ヲ蓄フト。果シテ然ルヤ。婢答ヘテ曰ク閣下ノ言フガ如シ。抑是ノ酒肆ハ浅草雷門外ナル一酒楼ノ分店ニシ・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫