・・・おまけにまた夫はいつのまにか大酒飲みになっているのですよ。それでも豚のように肥った妙子はほんとうに彼女と愛し合ったものは達雄だけだったと思っているのですね。恋愛は実際至上なりですね。さもなければとうてい妙子のように幸福になれるはずはありませ・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・尊徳の両親は酒飲みでも或は又博奕打ちでも好い。問題は唯尊徳である。どう云う艱難辛苦をしても独学を廃さなかった尊徳である。我我少年は尊徳のように勇猛の志を養わなければならぬ。 わたしは彼等の利己主義に驚嘆に近いものを感じている。成程彼等に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・た母親の屍体の枕元から、しょんぼり眺めていた時、つくづく酒を飲む人間がいやらしく思った筈だのに、やがて父親の後妻にはいって来た継母との折れ合いが悪くて、自分から飛び出して芸者になると、一年たたぬ内に大酒飲みとなってしまったという。引かされて・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その晩は洋画家のF氏も遊びに来た。酒飲みは私一人であった。浪子夫人がお酌をしてくれた。私は愉快に酔った。十一時近くになって皆なで町へお汁粉をたべに行った。私は彼らのたべるのをただ見ていた。大仏通りの方でF氏と別れて、しめっぽい五月の闇の中を・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・われには少しもこの夜の送別会に加わらん心あらず、深き事情も知らでただ壮なる言葉放ち酒飲みかわして、宮本君がこの行を送ると叫ぶも何かせん。 げに春ちょう春は永久に逝きぬ。宮本二郎は永久を契りし貴嬢千葉富子に負かれ、われは十年の友宮本二郎と・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・「だめよ、お酒飲みの真似なんかして」 男の酔いは一時にさめた。「ありがとう。もう飲まない」「たんと、たんと、からかいなさい」「おや、僕は、僕は、ほんとうに飲んでいるのだよ」 あらためて娘の瞳を凝視した。「だって」娘は・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・とうとうその苦心の外套をも廃止して、中学時代からのボロボロのマントを、頭からすっぽりかぶって、喫茶店へ葡萄酒飲みに出かけたりするようになりました。 喫茶店で、葡萄酒飲んでいるうちは、よかったのですが、そのうちに割烹店へ、のこのこはいって・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・大酒飲みに違いない、と私は同類の敏感で、ひとめ見て断じた。顔の皮膚が蒼く荒んで、鼻が赤い。 私は無言で首肯いてベンチから立ち上り、郵便局備附けの硯箱のほうへ行く。貯金通帳と、払戻し用紙それから、ハンコと、三つを示され、そうして、「書いて・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・大尉はひどい酒飲みでした。葡萄酒のブランデーとかいう珍しい飲物をチビチビやって、そうして酒癖もよくないようで、お酌の女をずいぶんしつこく罵るのでした。 「お前の顔は、どう見たって狐以外のものではないんだ。よく覚えて置くがええぞ。ケツネの・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・負けてはならぬ、おでんやというものも一つ、試みたい、カフェというところも話には聞いているが、一たいどんな具合いか、いまのうちに是非実験をしてみたい、などというつまらぬ向上心から、いつのまにやら一ぱしの酒飲みになって、お金の無い時には、一目盛・・・ 太宰治 「禁酒の心」
出典:青空文庫