・・・ 人通りの絶えた四条通は稀に酔っ払いが通るくらいのもので、夜霧はアスファルトの上までおりて来ている。両側の店はゴミ箱を舗道に出して戸を鎖してしまっている。所どころに嘔吐がはいてあったり、ゴミ箱が倒されていたりした。喬は自分も酒に酔ったと・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ 私は物体が二つに見える酔っ払いのように、同じ現実から二つの表象を見なければならなかったのだ。しかもその一方は理想の光に輝かされ、もう一方は暗黒の絶望を背負っていた。そしてそれらは私がはっきりと見ようとする途端一つに重なって、またもとの退屈・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・ 私は、阿佐ヶ谷のピノチオという支那料理店で酔っ払い、友人に向かってそう云ったのを記憶している。「青ヶ島大概記」が発表せられて間もなく、私が井伏さんのお宅へ遊びに行き、例によって将棋をさし、ふいと思い出したように井伏さんがおっしゃっ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・「へべれけに酔っ払いてえなあ。そうして何もかも打ち壊して見てえなあ」と怒鳴った。「へべれけになって暴れられて堪るもんですか、子供たちをどうします」 細君がそう云った。 彼は、細君の大きな腹の中に七人目の子供を見た。・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・ 彼女は全く酔っ払いだった。彼女の、コムパスは酔眼朦朧たるものであり、彼女の足は蹌々踉々として、天下の大道を横行闊歩したのだ。 素面の者は、質の悪い酔っ払いには相手になっていられない。皆が除けて通るのであった。 彼女は、瀬戸内海・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・可愛いピオニェールになってる自分の息子や娘達が凜々しく隊伍を組んで雪ん中を「酔っ払い親父を排撃する!」って赤いプラカート担いで行進されちゃ、参るのさ、ソヴェトのピオニェールや自覚した婦人労働者はしっかりしてるからな。病院へ入れて中毒を療して・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
出典:青空文庫