・・・私はそれを、露草の花が青空や海と共通の色を持っているところから起る一種の錯覚だと快く信じているのであるが、見えない水音の醸し出す魅惑はそれにどこか似通っていた。 すばしこく枝移りする小鳥のような不定さは私をいらだたせた。蜃気楼のようなは・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
・・・しかし、どうもこの管弦楽というものは、客観的分析的あるいは批評的に聴くべきものではなくて、ただこの音の醸し出す雰囲気の中に無意識に没入すべきもののような気がする。そうする事によってこの音楽が本当の意味をもつような気がする。 これが雰囲気・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・新緑のころ、東山の常緑樹の間に点綴されていかにも孟春らしい感じを醸し出す落葉樹は、葉の大きいもの、中ぐらいのもの、小さいものといろいろあったが、それらは皆同じように、新芽の色から若葉の色までの変遷と展開を五月の上句までに終えるのである。そう・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫