・・・彼はその宣言の中に人々間の精神交渉を根柢的に打ち崩したものは実にブルジョア文化を醸成した資本主義の経済生活だと断言している。そしてかかる経済生活を打却することによってのみ、正しい文化すなわち人間の交渉が精神的に成り立ちうる世界を成就するだろ・・・ 有島武郎 「想片」
・・・官僚が先へ立って突飛な急進の空気を醸成して民間から反対されたというは滅多に聞かない話であって、伊井公侯の欧化政策は平和的ボリシェウィズムであった。それから比べると今日はあんまり平凡過ぎる。官僚も民間も皆老衰してしまった。政治界でも実業界でも・・・ 内田魯庵 「四十年前」
私達は、この社会生活にまつわる不義な事実、不正な事柄、その他、人間相互の関係によって醸成されつゝある詐欺、利欲的闘争、殆んど枚挙にいとまない程の醜悪なる事実を見るにつけ、これに堪えない思いを抱くのであるが、それがために、果して人間その・・・ 小川未明 「人間否定か社会肯定か」
・・・雰囲気の醸成を企図する事は、やはり自涜であります。「チエホフ的に」などと少しでも意識したならば、かならず無慙に失敗します。言わでもの事であったかも知れません。君も既に一個の創作家であり、すべてを心得て居られる事と思いますが、君の作品の底に少・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・雰囲気の醸成を企図する事は、やはり自涜であります。〈チエホフ的に〉などと少しでも意識したならば、かならず無慙に失敗します。無闇に字面を飾り、ことさらに漢字を避けたり、不要の風景の描写をしたり、みだりに花の名を記したりする事は厳に慎しみ、ただ・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・はこのからを肯定しようとする強い誘惑を醸成する。 その後、出入りの魚屋の証言によって近所のA家にもやはり白い洋種の猫がいるという一つの新しい有力なデータを加えることは出来た。しかし、東京中で西洋猫を飼っているA姓の人が何人あるか不明であ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・しかしこのような見え透いた細工だけであれほどの長い時間観客を退屈させないでぐいぐい引きずり回して行くだけの魅力を醸成することはできそうに思われない。それにはもっともっと深い所に容易には簡単な分析的説明を許さないような技術が潜伏しているに相違・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・巻物に描かれた雲や波や風景や花鳥は、その背景となり、モンタージュとなり、雰囲気となり、そうしてきたるべき次の場面への予感を醸成する。そこへいよいよ次の画面が現われて観者の頭脳の中の連続的なシーンと「コインシデンス」をする。そうして観者の頭の・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・その上に、冬のモンスーンは火事をあおり、春の不連続線は山火事をたきつけ、夏の山水美はまさしく雷雨の醸成に適し、秋の野分は稲の花時刈り入れ時をねらって来るようである。日本人を日本人にしたのは実は学校でも文部省でもなくて、神代から今日まで根気よ・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・新聞のジャーナリズムは幾多の猫又を製造しまた帝都の真中に鬼を躍らせる。新聞の醸成したセンセーショナルな事件は珍しくもない。例えば三原山の火口に人を呼ぶ死神などもみんな新聞の反古の中から生れたものであることは周知のことである。 第三十八段・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
出典:青空文庫