・・・偶然だけれども、信也氏の場合は、重ねていうが、ビルジングの中心にぶつかった。 また、それでなければ、行路病者のごとく、こんな壁際に踞みもしまい。……動悸に波を打たし、ぐたりと手をつきそうになった時は、二河白道のそれではないが――石段は幻・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・と思立った時、偶然或る処で鴎外に会ったので一枚書いてくれというと、また冷かしの種にするんだろうと笑って応じてくれそうもなかった。「そんな事をいわずに墓碑の篆額を書くツモリで書いてくれ」と重ねていうと、「墓碑なら書くよ、生きてる中は険呑だから・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 動きのあること。それは世のジャーナリストたちに屡々好評を以て迎えられ、動きのないこと、その努力、それについては不感症では無かろうかと思われる程、盲目である。 重ねて言う。井伏さんは旅の名人である。目立たない旅をする。旅の服装も、お・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・な装飾をつい失念したから、かえって成功しちゃったのだ。重ねて言う。映画は、「芸術」であってはならぬ。私はまじめに言っているのである。 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・ 重ねていう。私は、ヴァニティを悪いものだとは言っていない。それは或る場合、生活意慾と結びつく。高いリアリティとも結びつく。愛情とさえ結びつく。私は、多くの思想家たちが、信仰や宗教を説いても、その一歩手前の現世のヴァニティに莫迦正直に触・・・ 太宰治 「答案落第」
出典:青空文庫