・・・桃太郎はこういう重ね重ねの不幸に嘆息を洩らさずにはいられなかった。「どうも鬼というものの執念の深いのには困ったものだ。」「やっと命を助けて頂いた御主人の大恩さえ忘れるとは怪しからぬ奴等でございます。」 犬も桃太郎の渋面を見ると、・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・た蝶の形が、冷やかに澄んだ夕暮の空気を、烏ほどの大きさに切抜いたかと思いましたが、ぎょっとして思わず足を止めると、そのまますっと小さくなって、互にからみ合いながら、見る見る空の色に紛れてしまいました。重ね重ねの怪しい蝶の振舞に、新蔵もさすが・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・淋しいだろうと云うので、泊りにきていた親類の佐野さんや吉本さんが、重ね重ねのことなので、強こうに反対した。だが、お前の母は、「この仕事をしている人達は死んでも場所のことなどは云わないものだから、少しも心配要らない。」と云った。 山崎のガ・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・貴兄が小生の友情を信じて寄せた申越しに対し重ね重ねすまない。しかし出来ないことをねちねちしているのも嫌だから早速この手紙を書いた次第。悪く思わないでくれ。小生昨今、文学にしばらく遠ざかっているので、貴兄の活躍ぶりも詳しくは接していないが、貴・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 真の正義とは、親分も無し、子分も無し、そうして自身も弱くて、何処かに収容せられてしまう姿に於て認められる。重ね重ね言うようだが、芸術に於ては、親分も子分も、また友人さえ、無いもののように私には思われる。 全部、種明しをして書いてい・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・、何せまっくらで、それに夢見ごこちで、記憶が全く朦朧としている始末で、どうもお役に立たず、残念に思います、といって、大いに笑えば、警察のひとも、私の耄碌をあわれみ、ゆるしてくれるのではないか、と思う。重ね重ね、私がぱちんと電燈を消したという・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・お体を重ね重ねお大切に。くりかえしそのことを願います。 十二月二十日 〔市ヶ谷刑務所の顕治宛 駒込林町より〕 十二月二十日 雨 第二十四信 この手紙は来年になって御覧になるでしょうか。それとも今年かしら。きょう、十二日・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・作家の感想の範囲であるにしろ、評論に近いようなものも書く一人の読者に、この評論集が、その人間の評論的要素を刺戟しないで、作家としての心にある温い動きを与えるというところは、重ね重ねこの本の面白いところだと思う。それだけ、この『現代文学論』一・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・いや、どうも重ね重ね恐縮千万です」 或るレクラム版の翻訳の金が入ったところで、彼等はそれから江戸川べりの鳥屋へ行った。十四ばかりの愛くるしい娘がいた。尾世川がいくら訊いても笑って本名を教えない。尾世川は勝手に鳥ちゃん、鳥ちゃんとその娘を・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫