・・・――ちょうどそれと同じように、柔かな重みがかかったのだった。お蓮はすぐに枕から、そっと頭を浮かせて見た。が、そこには掻巻の格子模様が、ランプの光に浮んでいるほかは、何物もいるとは思われなかった。……… またある時は鏡台の前に、お蓮が髪を・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・自分一人でさえ断れそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。そんな・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・修理はじっと宇左衛門の顔を見ながら、一句一句、重みを量るように、「その前に、今一度出仕して、西丸の大御所様へ、御目通りがしたい。どうじゃ。十五日に、登城させてはくれまいか。」 宇左衛門は、黙って、眉をひそめた。「それも、たった一度じ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・彼れは思わずその足の力をぬこうとしたが、同時に狂暴な衝動に駈られて、満身の重みをそれに托した。「痛い」 それが聞きたかったのだ。彼れの肉体は一度に油をそそぎかけられて、そそり立つ血のきおいに眼がくるめいた。彼れはいきなり女に飛びかか・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・妻のある為めに後ろに引きずって行かれねばならぬ重みの幾つかを、何故好んで腰につけたのか。何故二人の肉慾の結果を天からの賜物のように思わねばならぬのか。家庭の建立に費す労力と精力とを自分は他に用うべきではなかったのか。 私は自分の心の乱れ・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・その拍子に牛乳箱の前扉のかけがねが折り悪しくもはずれたので、子供は背中から扉の重みで押さえつけられそうになった。驚いて振り返って、開きかかったその扉を押し戻そうと、小さな手を突っ張って力んでみたのだ。彼が足を停めた時はちょうどその瞬間だった・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・の石の重みは、ついに我々をして九皐の天に飛翔することを許さなかったのである。 第三の経験はいうまでもなく純粋自然主義との結合時代である。この時代には、前の時代において我々の敵であった科学はかえって我々の味方であった。そうしてこの経験は、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・四方の山々にとっぷりと霧がかかって、うさぎの毛のさきを動かすほどな風もない。重みのあるような、ねばりのあるような黒ずんだ水面に舟足をえがいて、舟は広みへでた。キィーキィーと櫓の音がする。 ふりかえってみると、いまでた予の宿の周囲がじつに・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・穂の重みで一つらに中伏に伏している。兄夫婦はいかにも心持ちよさそうに畔に立ってながめる。西の風で稲は東へ向いてるから、西手の方から刈り始める。 おはまは省作と並んで刈りたかったは山々であったけれど、思いやりのない満蔵に妨げられ、仏頂面を・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・固まっていた物が融けて行くように、立ち据わる力がなくなって、下へ下へと重みが加わったのだろう。堕落、荒廃、倦怠、疲労――僕は、デカダンという分野に放浪するのを、むしろ僕の誇りとしようという気が起った。「先駆者」を手から落したら、レオナド・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫