・・・いえ、そこどころじゃあない、私は野宿をしましてね、変だとも、おかしいとも、何とも言いようのない、ほほほ、男の何を飾った処へ、のたれ込んだ事がありますわ。野中のお堂さ、お前さん。……それから見りゃ、――おや開かない、鍵が掛っていますかね、この・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 小出しの外、旅費もこの中にある、……野宿する覚悟です。 私は――」 とここで名告った。 八「年は三十七です。私は逓信省に勤めた小官吏です。この度飛騨の国の山中、一小寒村の郵便局に電信の技手となって赴・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・昨夜は野宿かと思ったぞ。 でもな、秋とは違って、日の入が遅いから、まあ、可かった。やっと旧道に繞って出たのよ。 今日とは違った嘘のような上天気で、風なんか薬にしたくもなかったが、薄着で出たから晩方は寒い。それでも汗の出るまで、脚絆掛・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 火を避けて野宿しつつ、炎の中に飛ぶ炎の、小鳥の形を、真夜半かけて案じたが、家に帰ると、転げ落ちたまま底に水を残して、南天の根に、ひびも入らずに残った手水鉢のふちに、一羽、ちょんと伝っていて、顔を見て、チイと鳴いた。 後に、密と、谷・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・人形使 野道、山道、野宿だで、犬おどしは持っとりますだ。(腹がけのどんぶりより、錆びたるナイフを抽出画家 ああ、奥さん。夫人 この人と一所に行くのです。――このくらいなものを食べられなくては。……人形使 やあ、面白い。俺も食・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・少年は、その夜は、ついにこの石を抱いたまま、坂の下の草原の中で野宿をしました。 夏の夜明け方のさわやかな風が、ほおの上を吹いて、少年は目をさましますと、うす青い空に、西の山々がくっきりと黒く浮かんで見えていました。そして、その一つの嶺の・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・京都へ着くと、もう日が暮れていましたが、それでも歩きつづけて、石山まで行ってやっと野宿しました。朝、瀬多川で顔を洗い、駅前の飯屋で朝ごはんを食べると、もう十五銭しか残っていなかった。それで煙草とマッチを買い、残った三銭をマッチの箱の中に入れ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・公園のベンチの上で浮浪者にまじって野宿していても案外似合うのだ。 そんな彼が戎橋を渡って、心斎橋筋を真直ぐ北へ、三ツ寺筋の角まで来ると、そわそわと西へ折れて、すぐ掛りにある「カスタニエン」という喫茶店へはいって行ったから、驚かざるを得な・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・その足ではと停めるのを、「帰れなきゃ野宿するさ。今宮のガード下で……」「へえ……? さては十銭芸者でも買う積りやな」「十銭……? 十銭何だ?」「十銭芸者……。文士のくせに……」知らないのかという。「やはり十銭漫才や十銭寿・・・ 織田作之助 「世相」
・・・じゃ、ふたりで野宿でもしようと言うのか。困るよ。僕は、宿のものへ恥かしいよ。」「ああ、いいことがあるわ。おいでよ。」 雪は手をぴしゃと拍って、そう言ってから、私の着物の袖をつかまえ、ひきずるようにしてぱたぱた歩きだした。「なんだ・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
出典:青空文庫