・・・女房持か、独り者か――そんな事は勿論、尋くだけ、野暮さ。可笑しいだろう。いくら片恋だって、あんまり莫迦げている。僕たちが若竹へ通った時分だって、よしんば語り物は知らなかろうが、先方は日本人で、芸名昇菊くらいな事は心得ていたもんだ。――そう云・・・ 芥川竜之介 「片恋」
・・・ そんな事は尋くだけ野暮だよ。僕は犬が死んだのさえ、病気かどうかと疑っているんだ。」 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・人間が見て、俺たちを黒いと云うと同一かい、別して今来た親仁などは、鉄棒同然、腕に、火の舌を搦めて吹いて、右の不思議な花を微塵にしょうと苛っておるわ。野暮めがな。はて、見ていれば綺麗なものを、仇花なりとも美しく咲かしておけば可い事よ。三の・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・余り嬉しさに、わなわな震えて、野暮なお酌をすると口惜い。稽古をするわ、私。……ちょっとその小さな掛花活を取って頂戴。」「何にする。」「お銚子を持つ稽古するの。」「狂人染みた、何だな、お前。」「よう、後生だから、一度だって私の・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・しかしこれを供えた白い手首は、野暮なレエスから出たらしい。勿論だ。意気なばかりが女でない。同時に芬と、媚かしい白粉の薫がした。 爺が居て気がつかなかったか。木魚を置いたわきに、三宝が据って、上に、ここがもし閻魔堂だと、女人を解いた生血と・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・々それとなく誘いの謎を掛けたり、また或る有名な大家が細君にでもやるような手紙を女郎によこしたのを女郎が得意になってお客に見せびらかしてるというような話をして、いわゆる大家先生たちも遊びに掛けると存外な野暮で、田舎臭くて垢ぬけがしないと嘲って・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・あの厳しい顔に似合わず、(野暮粋とか渋いとかいう好みにも興味を持っていて相応に遊蕩もした。そういう方面の交際を全く嫌った私の生野暮を晒って、「遊蕩も少しはして見ないとホントウの人生が解らんものだ、一つ何処かイイ処へ案内しようじゃないか、」と・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・もっとも一代の方では寺田の野暮な生真面目さを見込んだのかも知れない。もともと酒場遊びなぞする男ではなかったのだが、ある夜同僚に無理矢理誘われて行き、割前勘定になるかも知れないとひやひやしながら、おずおずと黒ビールを飲んでいる寺田の横に坐った・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ と、思わず野暮な声になって言った。「男と宿やへ来たことがあるのか」「え……?」 娘は不意を突かれたように、暫らくだまっていたが、やがて、つんと顎を上げると、「――あるわ」 もう昂然とした口調だった。「ふうん」・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・身を切られる想いに後悔もされたが、しかし、もうチップを置かぬような野暮な客ではなかった。商業学校へ四年までいったと、うなずける固ぐるしい物の言い方だったが、しかし、だんだんに阿呆のようにさばけて、たちまち瞳をナンバーワンにしてやった。そして・・・ 織田作之助 「雪の夜」
出典:青空文庫