・・・この習慣は信じられぬほど安易への誘惑を導くものであり、もはや独立して思索したり、研究したりする労作と勇猛心と野望とにたえがたくするものである。他人の書物についてナハデンケンする習慣にむしばまれていない独立的な、生気溌剌とした学者や、思想家を・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・烈々の、野望の焔を見てとった。メッサライナには、ブリタニカスと呼ばれる世子があった。父のクロオジヤスに似て、おっとりしていた。ネロの美貌を、盛夏の日まわりにたとえるならば、ブリタニカスは、秋のコスモスであった。ネロは、十一歳。ブリタニカスは・・・ 太宰治 「古典風」
・・・そうして、その希望は、人をも己をも欺かざる作品を書こうという具体的なものでは無くして、ただ漠然と、天下に名を挙げようという野望なのである。それは当りまえのことで、何も非難される筋合いのものでは無い。日頃、同僚から軽蔑され、親兄弟に心配を掛け・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・ 日本の映画は、そんな敗者の心を目標にして作られているのではないかとさえ思われる。野望を捨てよ。小さい、つつましい家庭にこそ仕合せがありますよ。お金持ちには、お金持ちの暗い不幸があるのです。あきらめなさい。と教えている。世の敗者たるもの・・・ 太宰治 「弱者の糧」
・・・もういちど、あの野望と献身の、ロマンスの地獄に飛び込んで、くたばりたい! できないことか。いけないことか。この大動揺は、昨夜の盗賊来襲を契機として、けさも、否、これを書きとばしながら、いまのいままで、なお止まず烈しく継続しているのである。・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・まず自分を、自分の周囲を、不安ないように育成して、自分の小さいふるさとの、自分のまずしい身内の、堅実な一兵卒になって、努めて、それからでなければ、どんな、ささやかな野望でも、現実は、絶対に、ゆるさない。賭けてもいい。高野幸代は、失敗する。い・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・童話にあらわれていた味は、生活的な成長から諷刺に転じて、小熊さんの鋭い反応性と或る正義感と芸術的野望とは、諷刺詩を領野として活躍しはじめた。 技術的に諷刺的表現の或る自由さを身につけた頃、小熊さんや私の属していた文学の団体は解かれて、そ・・・ 宮本百合子 「旭川から」
・・・ 素朴な云い方をもってすれば、私は、石坂洋次郎氏や横光氏その他の野望的な作家が、プロレタリア文学に対立することで、実はプロレタリア文学を敗北せしめたと全く同じ性質の日本的事情に、形こそ違えやっぱり小股をすくわれていたのだという事実に対し・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・今日、作家としてすこし野望的なひとは、新聞へ連載小説をかくということについて、一様に積極的な乗り気を云わず語らずのうちにもっているように見られる。そして、それが、文学の大衆性への翹望などというものから湧いている気持ではなくて、当今、人気作家・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・この野望に充ちた一人の作家は、作品をこなしてゆく腕にたよって、例えば「生きている兵隊」などでは、当時文壇や一般に課題とされていた知性の問題、科学性の問題、ヒューマニズムの問題などを、ちゃんと携帯して現地へ出かけて行って、そこでの見聞と携帯し・・・ 宮本百合子 「今日の読者の性格」
出典:青空文庫