・・・外の小作人は野良仕事に片をつけて、今は雪囲をしたり薪を切ったりして小屋のまわりで働いていたから、畑の中に立っているのは仁右衛門夫婦だけだった。少し高い所からは何処までも見渡される広い平坦な耕作地の上で二人は巣に帰り損ねた二匹の蟻のようにきり・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ただし野良調子を張上げて田園がったり、お座敷へ出て失礼な裸踊りをするようなのは調子に合っても話が違う。ですから僕は水には音あり、樹には声ある文章を書きたいとかせいでいる。 話は少しく岐路に入った、今再び立戻って笑わるべき僕が迷信の一例を・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・と席順に配って歩行いて、「くいなせえましょう。」と野良声を出したのを、何だとまあ思います? つぶし餡の牡丹餅さ。ために、浅からざる御不興を蒙った、そうだろう。新製売出しの当り祝につぶしは不可い。のみならず、酒宴の半ばへ牡丹餅・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 二人とも野良へ出がけ、それではお見送はしませんからと、跣足のまま並んで門へ立って見ております。岩淵から引返して停車場へ来ますと、やがて新宿行のを売出します、それからこの服装で気恥かしくもなく、切符を買ったのでございますが、一等二等は売・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ と帽子の鍔を――薄曇りで、空は一面に陰気なかわりに、まぶしくない――仰向けに崖の上を仰いで、いま野良声を放った、崖縁にのそりと突立つ、七十余りの爺さんを視ながら、蝮は弱ったな、と弱った。が、実は蛇ばかりか、蜥蜴でも百足でも、怯えそうな・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・一日野良に出て働いて、夕暮になると、みんなは月の下でこうして踊り、その日の疲を忘れるのでありました。 男共は牛や羊を追って、月の下の霞んだ道を帰って行きました。女達は花の中で休んでいました。そして、そのうちに、花の香りに酔い、やわらかな・・・ 小川未明 「月と海豹」
・・・林の一角、直線に断たれてその間から広い野が見える、野良一面、糸遊上騰して永くは見つめていられない。 自分らは汗をふきながら、大空を仰いだり、林の奥をのぞいたり、天ぎわの空、林に接するあたりを眺めたりして堤の上を喘ぎ喘ぎ辿ってゆく。苦しい・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・「内地に居りゃ、今頃、野良から鍬をかついで帰りよる時分だぜ。」「あ、そうだ。もう芋を掘る時分かな。」「うむ。」「ああ、芋が食いたいなあ!」 そして坂本はまたあくびをした。そのあくびが終るか終らないうちに、彼は、ぱたりと丸・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・丘から谷間にかけて、四五匹の豚が、急に広々とした野良へ出たのを喜んで、土や、雑草を蹴って跳ねまわっているばかりだ。「これじゃいかん!」「宇一め、裏切りやがったんだ!」留吉は歯切りをした。「畜生! 仕様のない奴だ。」 今、ぐず/\・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・一年あまり清吉が病んで仕事が出来なかったが、彼女は家の事から、野良仕事、山の仕事、村の人夫まで、一人でやってのけた。子供の面倒も見てやるし、清吉の世話もおろそかにしなかった。清吉は、妻にすまない気がして、彼自身のことについては、なるだけ自分・・・ 黒島伝治 「窃む女」
出典:青空文庫