一 善ニョムさんは、息子達夫婦が、肥料を馬の背につけて野良へ出ていってしまう間、尻骨の痛い寝床の中で、眼を瞑って我慢していた。「じゃとっさん、夕方になったら馬ハミだけこさいといてくんなさろ、無理しておきたら・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・植村婆さんは、若い其等の縫いてがいやがる子供物の木綿の縫いなおしだの、野良着だのを分けて貰って生計を立てて来たのであった。沢や婆のいるうちは、彼女よりもっと年よりの一人者があった訳だ。もっと貧しい、もっと人に嫌がられる者があった。その者を、・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・勇吉達は生来の働きてだから、もち論身体の弱い野良仕事にも出られないような若者を家に入れるはずはない。充分野良のかせぎは出来て、厄介な、一年二年兵隊にとられることだけは免れそうな若者という念の入った婿選びをした――簡単にいえば、清二という若者・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 工場に働くプロレタリアートと地主の野良を耕す貧農にとって、暮らしの辛いこととブルジョアと地主とにしぼられることは、男も女も全く同じだったのです。 それを、では何故ブルジョア・地主のロシアでは、勤労者まで女を一段低いものと思っていた・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の婦人と選挙」
・・・現代の農民が野良に出てゆく時の複雑な心理を、その「労働雑詠」がとらえていないということを、きびしく云うには当らない。それらが、美化された労働・労働を眺めるもののロマンティシズムにたって謳われていることだけを云々するのは妥当を欠くであろう。藤・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・ていたころとはくらべものにならない複雑さと大きさで、じかに政府のやりかたとくみうちして生きていかなければならなくなってきている農村のきょうの実状の中では、農村の主婦、母、未亡人たちすべてが、ただ黙々と野良、家事、育児と三重の辛苦を負うて目先・・・ 宮本百合子 「願いは一つにまとめて」
・・・けれども、野良だの、釣だのに出て来て、こういう風に落付くと、彼はようやっと「俺」をとり戻す。 そして、だんだん心は広々と豊かになって、彼のほんとの命が栄え出すのであった。 今も長閑な心持であたりの様子を眺めているうちに、禰宜様宮田の・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 野良日にやけて、雀斑が見えるようになった顔を沈痛にふせた。「瀬川はそれでいいかもしれないけれども――」 瀬川夫婦の友人に玉井志朗という男があった。大学が同期で、学内運動の先頭に立っていた秀才であり、万事目に立つ男だったのが、つ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 工場で誰の儲けのためにわれわれは、長い時間働らかされていますか。野良で、誰が懐手をして食う米をわたし達は作らされているでしょうか。 満州という柿の種にせっせと肥しをかけ働いている蟹はわれわれに近しい百姓姿に描いてあるが、みのった収・・・ 宮本百合子 「「モダン猿蟹合戦」」
・・・ 小さい自作農の息子が分家をするだけの経済力がないために結婚難に陥っていること、またそういうところの若い娘たちが、また別の同じような農家へいわば一個の労働力として嫁にもらわれ、生涯つらい野良仕事をしなければならないことを厭って、なるたけ・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
出典:青空文庫