・・・ 人あるいはいわく、天下泰平・家内安全をもって人生教育の極度とするときは、野蛮無為、羲昊以上の民をもって人類のとどまるところとなすべし。近くは我が徳川政府二百五十余年の泰平の如きは、すなわち至善至美ならんとの説もあれども、この説は事物の・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・もまた進歩して、後進の社会に人物を出し、また故老の部分においても随分開明説を悦んで、その主義を事に施さんとする者あるは祝すべきに似たれども、開明の進歩と共に内行の不取締もまた同時に進歩し、この輩が不文野蛮と称して常に愍笑する所の封建時代にあ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・いまぼくが読み返してみてさえ実に意気地なく野蛮なような気のするところがたくさんあるのだ。ちょうど小学校の読本の村のことを書いたところのようにじつにうそらしくてわざとらしくていやなところがあるのだ。けれどもぼくのはほんとうだから仕方ない。ぼく・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・こいつはもうまるで野蛮なんです。礼式も何も知らないのです。実際私はいつでも困ってるんですよ」 軽便鉄道のシグナレスは、まるでどぎまぎしてうつむきながら低く、「あら、そんなことございませんわ」と言いましたがなにぶん風下でしたから本線の・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・そのひとこまには濃厚に、日本の天皇制権力の野蛮さとそれとの抗争のかげがさしている。『人民の文学』は、ひろく読まれているのに、詳細な書評が少ないのは、この複雑性によるとも考えられる。 宮本顕治の文芸評論をながめわたすと、いくつかの点に心を・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・ 一九三〇年に入ってから、ヒトラーのナチスは総選挙で多数党となり、ドイツの全人民が知識階級をもこめて、その野蛮な軛の下に苦しむ第一歩がふみ出された。どうして、第一次ヨーロッパ大戦後のドイツに、ヒトラーの運命が、そんな人気を博したのであっ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・新感覚が清少納言に比較して野蛮人のごとく鈍重に感じられると云うことは、清少納言の官能が文明人のごとく象徴的混迷を以って進化することが不可能であったと感じられることと等しくなる。生活の感覚化 或る人は云う。「感覚派も根本から感・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・壁に挾まれた柩のような部屋の中にはしどけた帯や野蛮なかもじが蒸された空気の中に転げていた。まもなくここで、疲れた身体を横たえるであろう看護婦たちに、彼は山野の清烈な幻想を振り撒いてやるために、そっと百合の花束を匂い袋のように沈めておいて戻っ・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ こういうわけで、「野蛮なニグロ」という考えはヨーロッパの作り事である。これがまた逆にヨーロッパに影響して、二十世紀の初めまで、相当に教養の高い人すらも、アフリカの土人は半獣的な野蛮人である、奴隷種族である、呪物崇拝のほか何も産出するこ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・ほとんど芸術を持たなかった野蛮人が、たちまちにして生にあふれた芸術品の持ち主となったのだから。 試みに見よ。その円い滑らかな肩の美しさ。清楚なしかもふくよかなその胸の神々しさ。清らかな、のびのびした円い腕。肢体を包んで静かに垂直に垂れた・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫