・・・と思うとそのところどころには、青糸毛だの、赤糸毛だの、あるいはまた栴檀庇だのの数寄を凝らした牛車が、のっしりとあたりの人波を抑えて、屋形に打った金銀の金具を折からうららかな春の日ざしに、眩ゆくきらめかせて居りました。そのほか、日傘をかざすも・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・とぴたりと帯に手を当てると、帯しめの金金具が、指の中でパチリと鳴る。 先刻から、ぞくぞくして、ちりけ元は水のような老番頭、思いの外、女客の恐れぬを見て、この分なら、お次へ四天王にも及ぶまいと、「ええ、さようならばお静に。」「ああ・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・ 黄金無垢の金具、高蒔絵の、貴重な仏壇の修復をするのに、家に預ってあったのが火になった。その償いの一端にさえ、あらゆる身上を煙にして、なお足りないくらいで、焼あとには灰らしい灰も残らなかった。 貧乏寺の一間を借りて、墓の影法師のよう・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・「巌丈な金具じゃええ。」 それ言わぬ事ではない。「こりゃ開かぬ、鍵が締まってるんじゃい。」 と一まず手を引いたのは、茶紬の親仁で。 成程、と解めた風で、皆白けて控えた。更めて、新しく立ちかかったものもあった。 室内は・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ 時に、勿体ないが、大破落壁した、この御堂の壇に、観音の緑髪、朱唇、白衣、白木彫の、み姿の、片扉金具の抜けて、自から開いた廚子から拝されて、誰が捧げたか、花瓶の雪の卯の花が、そのまま、御袖、裳に紛いつつ、銑吉が参らせた蝋燭の灯に、格天井・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・箪笥、長持、挟箱、金高蒔絵、銀金具。小指ぐらいな抽斗を開けると、中が紅いのも美しい。一双の屏風の絵は、むら消えの雪の小松に丹頂の鶴、雛鶴。一つは曲水の群青に桃の盃、絵雪洞、桃のような灯を点す。……ちょっと風情に舞扇。 白酒入れたは、ぎや・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・宵のうち人びとが掴まされたビラの類が不思議に街の一と所に吹き溜められていたり、吐いた痰がすぐに凍り、落ちた下駄の金具にまぎれてしまったりする夜更けを、彼は結局は家へ帰らねばならないのだった。「何をしに自分は来たのだ」 それは彼のなか・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・滑桁の金具がキシキシ鳴った。「ルー、ルルル。……」 イワンは、うしろの馭者に何か合図をした。 大隊長は、肥り肉の身体に血液がありあまっている男であった。ハムとべーコンを食って作った血だ。「ええと、三百円のうち……」彼は、受取・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・そして、カンテラと、金の金具のついた縁なしの眼鏡を岩の断面にすりつけた。そこには、井村の鑿岩機が三ツの孔を穿ってあった。「これゃ、いゝやつに掘りあたったぞ。」 彼は、眼鏡とカンテラをなおすりつけて、鉱脈の走り具合をしらべた。「これゃ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・運動から帰ってきて、扉の金具にさわってみると、鉄の冷たさがヒンヤリと指先きにくるようになった。 俺は初めての東京の秋の美しさを、来る日も来る日も赤い煉瓦と鉄棒の窓から見える高く澄みきった空に感じることが出来た。――北の国ではモウ雪まじり・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫