・・・滝田君は昔夏目先生が「金太郎」とあだ名した滝田君とは別人かと思うほど憔悴していた。が、僕や僕と一しょに行った室生犀生君に画帖などを示し、相変らず元気に話をした。 滝田君に最後に会ったのは今年の初夏、丁度ドラマ・リイグの見物日に新橋演舞場・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎君」
滝田君はいつも肥っていた。のみならずいつも赤い顔をしていた。夏目先生の滝田君を金太郎と呼ばれたのも当らぬことはない。しかしあの目の細い所などは寧ろ菊慈童にそっくりだった。 僕は大学に在学中、滝田君に初対面の挨拶をしてか・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎氏」
・・・富山の奥で五人の大の男を手玉に取った九歳の親兵衛の名は桃太郎や金太郎よりも熟していた。したがってホントウに通して読んだのは十二、三歳からだろうがそれより以前から拾い読みにポツポツ読んでいた。十四歳から十七、八歳までの貸本屋学問に最も夢中であ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・着て、何だか正体の知れぬ丸木の、杖には長く天秤棒には短いのへ、五合樽の空虚と見えるのを、樹の皮を縄代りにして縛しつけて、それを担いで、夏の炎天ではないからよいようなものの跣足に被り髪――まるで赤く無い金太郎といったような風体で、急足で遣って・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・と手短に答えたが、思わず主人の顔を見て細君はうち微笑みつつ、「どうも大層いいお色におなりなさいましたね、まあ、まるで金太郎のようで。」と真に可笑そうに云った。「そうか。湯が平生に無く熱かったからナ、それで特別に利いたかも知れ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・彼女は新七の側に立ちながら、広瀬さんにも逢い、お力の亭主の金太郎にも逢った。その休茶屋は、日除を軒の高さに張出してあるところから腰掛台なぞを置いてあるところまで、見附きこそ元のかたちとあまり変りはなかったが、内へ入って見ると、この前に一度お・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・私は、幼時、金太郎よりも、金太郎とふたりで山にかくれて住んでいる若く美しい、あの山姥のほうに、心をひかれた。また、馬に乗ったジャンダアクを忘れかねた。青春のころのナイチンゲールの写真にも、こがれた。けれども、いま、眼のまえに在るこの若い、処・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・内の人は皆ねえさんのほうへ手伝いに行っているので、ただ中気で手足のきかぬ祖父さんと雇いばあさんがいるばかり、いつもはにぎやかな家もひっそりして、床の間の金太郎や鐘馗もさびしげに見えた。十六むさし、将棋の駒の当てっこなどしてみたが気が乗らぬ。・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・この頃も桜間金太郎氏の「巴」を見て、その狂言の、罪のない、好意のもてるずるさ、というようなもののあるのを非常に面白いと思いました。 旅行 旅行にはよく出かけます。今年もお正月は湯ケ島と北海道へ旅をしましたし、四・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
出典:青空文庫