・・・ 岩田は君公の体面上銀より卑しい金属を用いるのは、異なものであると云う。上木はまた、すでに坊主共の欲心を防ごうと云うのなら、真鍮を用いるのに越した事はない。今更体面を、顧慮する如きは、姑息の見であると云う。――二人は、各々、自説を固守し・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ 玩具屋の主人は金属製のランプへ黄色いマッチの火をともした。それから幻燈の後ろの戸をあけ、そっとそのランプを器械の中へ移した。七歳の保吉は息もつかずに、テエブルの前へ及び腰になった主人の手もとを眺めている。綺麗に髪を左から分けた、妙に色・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・熱い指先と冷たい金属とが同時に皮膚に触れると、自制は全く失われてしまった。彼女は苦痛に等しい表情を顔に浮べながら、眼を閉じて前に倒れかかった。そこにはパオロの胸があるはずだ。その胸に抱き取られる時にクララは元のクララではなくなるべきはずだ。・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・もしこの椅子のようなものの四方に、肘を懸ける所にも、背中で倚り掛かる所にも、脚の所にも白い革紐が垂れていなくって、金属で拵えた首を持たせる物がなくって、乳色の下鋪の上に固定してある硝子製の脚の尖がなかったなら、これも常の椅子のように見えて、・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 宝石商は、今日はここの港、明日は、かしこの町というふうに歩きまわって、その町の石や、貝や、金属などを商っている店に立ち寄っては、珍しい品が見つからないものかと目をさらにして選り分けていたのであります。 火の見やぐらの立っている町も・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・が、喫茶店を出て町を歩いていると、玩具屋で金属製のジープの玩具を売っていた。これだなと、はじめて釈然とした途端、彼は新事業を思いついた。彼はあり金をはたいて、盗難よけのベルの製造をはじめた。製品が出来たので、彼は注文を取って廻った。そして帰・・・ 織田作之助 「ヒント」
・・・ 紐があったのは、切ってもつながっているという手品。金属の瓶があったのは、いくらでも水が出るという手品。――ごく詰まらない手品で、硝子の卓子の上のものは減っていった。まだ林檎が残っていた。これは林檎を食って、食った林檎の切が今度は火を吹・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 前に、俺はそこの食堂で「金属」の仕事をしていた女の人と十五銭のめしを食っていたことがあった。その時、多分いま前を横切ってゆく子供に、奥の方でコックがものを云っているのが聞えた。「オヤ、この子供は今ンちから豆ッて云うと、夢中になるぜ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・能面のごとき端正の顔は、月の光の愛撫に依り金属のようにつるつるしていました。名状すべからざる恐怖のため、私の膝頭が音たててふるえるので、私は、電気をつけようと嗄れた声で主張いたしました。そのとき、高橋の顔に、三歳くらいの童子の泣きべそに似た・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・音声の保存はすでに金属製の蓄音機レコード原板によって実行されている。映画フィルムも現在のままの物質では長い時間を持ち越す見込みがないように思われるから、やはり結局は完全に風化に堪えうる無機物質ばかりでできあがった原板に転写した上で適当な場所・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫